鬼あし講談:土方歳三&ご隠居、が歴史観光RUN
(2011年2月)

2011年2月28日 (月) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸苅粥ゝ瓦△掘歳三 第一幕
 へえ、そんな事件が、江戸で起こったのかい、こいつぁ初耳だぜ。まあ、新撰組が戦法として参考にしたのは、赤穂義士の吉良邸討ち入り、水戸浪士が桜田門外での井伊大老襲撃、それと、メリケンのテキサスはアラモの戦いだな。特に、桜門外の一件は、あっしが二十代半ば、近藤さんの江戸道場で食客扱いを受けて、薬屋行商を続けていた頃さ。

2011年2月27日 (日) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸苅魁,官5錙鬼あし一門会
 さすがは、新撰組の鬼副長だった土方歳三さんだ、あの池田屋騒動の準備は万全だった、って訳か、まあ、それに比べると、75年前の昭和11年2月26日に決起した2・26事件の首謀者たち、陸軍士官学校出身の青年将校あっちは、理想や観念が先行しすぎて、肝心要の準備が足りなかったようで、新撰組を見習って欲しかったねぇ。

2011年2月26日 (土) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸苅押ゝ瓦△掘歳三 第一幕
 まあ、あっしも新撰組の副長時代には赤穂義士の吉良邸討ち入り、は研究したさ。あの少ない人数で、なぜ、吉良上野介の首を上げる事が出来たか?でね、分った事は、結局、夜中に屋内の暗闇の中、集団で武装行動するには、普段から十分な防備で訓練を続ける、こいつが大事だって、気付いて、まあ、嫌がる隊士を無理やり、訓練したさ。

2011年2月24日 (木) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸苅院,官5錙鬼あし一門会
 そう、播州赤穂は浅野の殿様は、とにかく体を動かすのが大好き、まあ、昔の事だから、今みたいに、じゃぁ、マラソンをやってみるか、走ってみるか、ってな訳にはいかない。それで、大名火消しが道楽になった。江戸の花は火事と喧嘩さ、これを一度に楽しめる、火事を相手の喧嘩は、赤穂侍の鬱憤晴らし、にもなった。

2011年2月23日 (水) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸苅亜ゝ瓦△掘歳三 第一幕
 まあ、ご隠居のような、今の元気溌剌の60歳じゃなく、江戸時代の60歳だから、そりゃぁ吉良さんも、将軍様へのご奉公勤めは辛いよ。それに比べりゃ、浅野の殿様は、べらぼうに元気だよ。なんせ、道楽と云えば、火事の火消し、いわゆる大名火消しのお勤めが、事の外、お気に入りで、その又、火事装束が男前で、江戸の町人の憧れ、さ。

2011年2月22日 (火) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸械后,官5錙鬼あし一門会
 そこなんだ、5万3千石と4千3百石じゃ、まるで大人と子供、って云うより、大人と赤子の間柄だぜ。おまけに、浅野内匠頭は34歳、吉良上野介は60歳、まあ、あたしも60歳の還暦を越えて、気がついた、「あ!吉良さんは、この歳で刃傷松の廊下の被害を受けたのか」、この歳の差で、相撲でも取ってご覧よ、どちらが強い?

2011年2月21日 (月) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸械検ゝ瓦△掘歳三 第一幕
 ん〜ん、その当りのニュアンスなんだが、今、ご隠居の云った“喧嘩両成敗”の“喧嘩”って云い回し、ここだけ聞いてりゃ、浅野内匠頭も武士、吉良上野介も武士、だから、武士同士の喧嘩は“両成敗”なんだが、やっぱり、そうさ、ご隠居の云う通り、可笑しいぜ、あっと、思い出した、吉良家の所領は、たったの四千三百石で、これに対し、赤穂の浅野家は、五万三千石だった。

2011年2月18日 (金) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸械掘,官5錙鬼あし一門会
 そうさ、殿中松の廊下のお裁き、ってのは、即刻下って、赤穂浅野藩はお取り潰し、内匠頭は切腹なんだが、一方の吉良家は安泰、上野介には傷の回復に専念せよとありがたい、お裁きさ。まあ、当時の武士同士の刃傷沙汰は、喧嘩両成敗ってのが、当たり前田のクラッカーだったんが、ところがどっこい、あまりに吉良に甘い裁きだったのさ。

2011年2月17日 (木) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸械供ゝ瓦△掘歳三 第一幕
 まあ、何事も度が過ぎる、ってのは、良くないやな。でもさ、あの忠臣蔵の物語に、その五代将軍の綱吉様が、一体全体、どんな役割を演じたのか、あっしには、さっぱり思い出せないのだが、早い噺が、業突く張り爺の吉良様に、苛め抜かれた浅野の殿様が、殿中松の廊下事件を起こし、討ち損じた挙句、お家は断絶、殿様は切腹したんだろ。

2011年2月16日 (水) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸械機,官5錙鬼あし一門会
 確かに、学問好きの五代将軍、綱吉さんだったんだが、何て云うか、学問を積んで、賢こい人にはなるが、良い人にはならない、と言うより、返って、嫌味が増す、ってタイプで、家臣に取っては、ますます扱いが厄介になる、将軍様だった。おまけに、偏狭懸かった母親孝行、確かに、親孝行は良い事だが、度が過ぎたんだ。

2011年2月15日 (火) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸械粥ゝ瓦△掘歳三 第一幕
 そうか、鬼あしのご隠居は、犬公方の五代将軍は綱吉様に、目を付けた!ってんだな。まあ、綱吉様って云えば、例の“生類憐れみ令”だよな、犬を苛めるな、蚊を叩くな、そりゃぁ、滅茶苦茶な噺だぜ。何でも、えらく学問好き、とかで、今の御茶ノ水駅の北側にある湯島聖堂は、綱吉様がこさえた、って噺だねぇ。

2011年2月13日 (日) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸械魁,官5錙鬼あし一門会
 まあ、忠臣蔵って云うと、松の廊下の刃傷事件の二人より、討ち入りをマネージメントした大石に、目が集まるんだが、この鬼あしのご隠居は、あくまでも、松の廊下刃傷事件の当事者、浅野と吉良に絞ったんだ、そして、重要なのは、あっと言う間に、この刃傷事件の沙汰を下した、五代将軍は徳川綱吉の存在なのさ。

2011年2月11日 (金) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸械押ゝ瓦△掘歳三 第一幕
 そうですかねぇ、あっしも、若い頃の薬屋行商中に、本所松坂町の吉良邸跡や、築地川沿いの赤穂浅野藩邸跡、高輪泉岳寺とか、有名な忠臣蔵の舞台を回ってたけど、別段、可笑しいなぁ、っと思った事はないなあ。あの近藤さんなんかは、池田屋騒動から引き上げるとき、嬉しそうな顔をして、大石内蔵助を気取ってたよ。

2011年2月10日 (木) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸械院,官5錙鬼あし一門会
 まあ、こう云う処に気が付く、ってのが、あたしも年を取った証でさ、そりゃぁ、若い頃は、映画やTVで放送される、吉良上野介の、業突張りな仕打ちに、何の疑問も抱かなかったけど、この歳になって、おまけに、鬼あし観光ランニングじゃ、毎年、12月の討ち入りの頃に、赤穂義士メモリアルランニングを開催してる、ちょっと、待てよ、可笑しいぜ?

2011年2月9日 (水) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸械亜ゝ瓦△掘歳三 第一幕
 おっと!さすがに、ご隠居だ。好い所に気が付いたね。そうさ、あの殿中松の廊下の刃傷事件の主役二人は、四千三百石対五万三千石の揉め事、おまけに、片や六十のジジイ、片や三十台の働き盛り、片や撫男と片や色男の対立、こりゃぁ、どう贔屓目に見ても、男同士の江戸っ子の喧嘩とは、云えねえぜ。

2011年2月8日 (火) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸横后,官5錙鬼あし一門会
 あたしの学生時代は名古屋だったから、三河の吉良出身の奴と友達になって、海老煎餅で有名な、吉良から一色に行った事があってさ、そん時に、さんざん聞かされたのが、吉良上野介は名君だった、って噺さ。それに、吉良家の所領は、たったの四千三百石で、これに対し、赤穂の浅野家は、五万三千石だった。

2011年2月7日 (月) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸横検ゝ瓦△掘歳三 第一幕
 お!さすが、新撰組の鬼副長の土方歳三さん、善い所に目が行くね。いやね、あたしも、刃傷松の廊下の一件、子供の頃から、映画で見ちゃいるが、この歳になると、どうも、ありゃぁ、可笑しいぜ、って気がするのさ。まあ、吉良の爺が浅野の殿様を、苛め抜き、賄賂も共用した!って筋書きだが、最近、どうにも、納得が行かないのさ。

2011年2月6日 (日) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸横掘,官5錙鬼あし一門会
 そうなんだ、あの浅野内匠頭さんは、今で云うと、スポーツマン丸出し、体育会系バリバリの殿様だった。まあ、あたしもそうだから、分るんだけど、基本的に堅苦しい行儀作法、型に嵌った窮屈な事が苦手な人だった。浅野家の家系には、時たま、野武士のような粗雑で行儀の悪い殿様が出るんだ、そのDNAが刃傷松の廊下の繋がったのさ。

2011年2月5日 (土) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸横供ゝ瓦△掘歳三 第一幕
 まあ、風の向きや強さ、家屋が並ぶ方向とか、土地の高低、その他諸々の境界条件を瞬時に読んで、火事が燃え進む方向と速さを、割り出すんだ、この勘、ってのは、生まれた時から備わってる、もんで、まあ、訓練とか教育とか、そんな野暮な世界じゃない、天から備わった才能だな、あっしの身にもあったし、あの浅野内匠頭さんにも、あった。

2011年2月4日 (金) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸横機,官5錙鬼あし一門会
 そう、火事場は戦場さ、特に、江戸時代の火消し、ってのは、今のように、燃えている処に水をかける、そんな消火じゃなく、これから火が回る処を、無くするのが火消し作業、早い噺が、家並を壊して延焼を防ぐ、家屋解体作業なのさ。だから、腕っ節と道具と団体行動が必要で、いかに素早く家を壊すかが、火消し指揮官の腕の見せ処だった。

2011年2月3日 (木) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸横粥ゝ瓦△掘歳三 第一幕
 ああ、見た事があるよ、まあ、火事と喧嘩は江戸の花、って云うけど、怖いよな。あっしも、江戸にいた頃、火事が出ると、駆けつけて、消火を手伝ったり、怪我や火傷の人たちを介抱した事が何十回もあった。当時の江戸には、お旗本の定火消し、大名の大名火消し、町人の町火消しがあって、大火事のときは、まるで戦場のような騒ぎなんだ。

2011年2月2日 (水) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸横魁,官5錙鬼あし一門会
 そう、あの赤穂義士の討ち入り装束、実は、江戸時代の大名火消しの装束、まあ、ご隠居の好きな作業着さ。ほら、東京メトロの四谷三丁目の駅を降りて、地上に上がると、四谷消防署があって、ここに消防博物館が入ってるんだ。でね、江戸時代の消防が分る陳列スペースがあって、大名火消しの装束が飾ってあるんだ。

2011年2月1日 (火) 第一幕 久しぶりだね!歳三さん
癸横押ゝ瓦△掘歳三 第一幕
 忠臣蔵か、実は近藤さんが、大石内蔵介の大ファンでね、新撰組の制服を作るんだ、って云い出して、「おい!歳三、あの赤穂義士の討ち入り装束で、こしらえてくれ!」、ってんで、云い出したら聞かねえ性分だから、乏しい予算から、なんとか、羽織だけは討ち入り装束っぽく、こしらえたさ。これが、予想以上の好評でね・・。