鬼あし講談:正岡子規と樋口一葉が初心な出逢い
(2010年9月)

2010年9月30日 (木) 第二幕 子規が一葉を見初める太田神社@明治23年8月
癸横魁ゝ簡…盂С據鬼あし一門会
 さあってと、子規さんが一葉さんを、湯島天神で見初めた、ってのが、明治22年2月だろ、で、それから後さ、ご隠居が気になるのは、二人は顔を合わせて、言葉を交わす、ってぇ、云わば、男女の仲、色濃いの事始は、一体全体、いつどこだい。まあ、一葉さん、顔がポ〜っと赤くなって、それに比べると、子規さんは、相変わらず、口をモゴモゴ、男らしく白状しな!

2010年9月29日 (水) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神@明治22年2月
癸横押“口一葉@火口イチョウ
 その噺は、子規さんから直接、聞いたわね。まあ、大日本帝国憲法が発布された、明治22年の梅祭、湯島天神の境内で、子規さんたちが居た事、あたしゃ、知らなかったけど、それから、1年後だったかな、確か、夏の盛りだった。あたしゃ、歌子先生の萩の舎で住み込み中、まあ、表向きは助教授で、内実は女中代わりの頃、近くの太田神社で、ばったり出くわせた。

2010年9月28日 (火) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神@明治22年2月
癸横院\飢子規@まさ可笑しき
 でもさ、鬼あしのご隠居も経験があるだろうが、男の青春時代、ってぇのは、模索と失敗の連続で、運の良い奴は、何回かの失敗の後、自分の好きな分野を見つけるが、運の悪い奴は、死ぬまで見付けられない、って噺さ。いえね、あたしもそうさ、末は博士か大臣か、って意気込みで東京に出て来たけれど、所詮は、伊予松山だけの田舎秀才、花の東京で、出逢った秀才ってのは、桁が違ったさ。

2010年9月27日 (月) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
 そうだったよな、一葉さんは、貧乏人の一家の長女で戸主さ、一家を養っていかなきゃならねえ、まあ、女の細腕って云うけど、細指で筆を持って、原稿用紙を埋めて行く。今なら、女流作家なんて五萬と居るけど、当時は、女だてらに、文士稼業で世の中を渡る、ってのは、ずいぶんと、数奇な目で見られて、おまけに、ちょっかい出す輩もいたろうにな。

2010年9月26日 (日) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境@明治22年2月
癸隠后“口一葉@火口イチョウ
 その台詞はなしよ、子規さん、あなたは、自分は色恋の道には向いていない、小説を書く才能がない、って云うけど、じゃぁ、あたしが、色恋の道に向いてて、小説を書く才能があるか?って云われりゃ、そんなモノは持ち合わせていない。結局、あたしが、持ってるモノは、一家3人を喰わせて行かなきゃならない、責任感さ。子規さん、悪いけど、あんたにゃ、こいつがなかった。

2010年9月25日 (土) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸隠検\飢子規@まさ可笑しき
 まま、鬼あしのご隠居、抑えて、抑えて、そりゃぁね、あたしはご隠居が見抜いたように、色恋、男女の道についちゃぁ、朴念仁、野暮天だ。でもさ、これでも、いっぱしの色男になって、江戸小町を口説きたいと思って、あれこれ努力を重ねたもんだが、何て云うか、色恋の道には向いていない、才能がない、って気付いた頃に、一葉さんと出逢ったんだ。

2010年9月24日 (金) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸隠掘ゝ簡…盂С據鬼あし一門会
 その、色恋の世界ってぇ奴が、この子規さんにゃ、からっきし駄目な世界、手が出せない世界だったのさ。まあ、今はこうやって、照れちゃいるが、男にゃぁ、まれに、興味津々なんだが、いざ!鎌倉、ってなると、まるっきし、色恋が身に付かねえ、朴念仁がいてね、おまけに、そんな野暮天が、一葉さんと同じさ、小説家を目指したんだぜ。

2010年9月23日 (木) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸隠供“口一葉@火口イチョウ
 あたしが、歌子先生の塾で和歌を習ってる間に、坪内逍遥先生が「小説神髄」を発表してて、「小説の主脳は人情なり、世態風俗これに次ぐ」なんて、云ってるのよ。でね、あたしゃ、人情なら書ける、って確信したわ、だって、散々、貧乏で苦労してるんだもの、でもね、男と女の間柄、色恋の世界となると、なんせ、未通娘だから、今一、自信がなかったよ。

2010年9月22日 (水) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸隠機\飢子規@まさ可笑しき
 まあ、お金がないって、のは、首がないのと同じ、本当に辛い、情けない目に合ってばかり、何回も何回も、人知れず泣いたもんさ。でもさ、ないものがあるはずがない、こりゃぁもう、居直るしかない、矢でも鉄砲でも持って来い、ってな具合に、腹を括ってみたものの、金のない身が、歌子先生の後釜に居座る事もできないし、あたしが、女手一つで世の中を渡る芸はないか?って考えて、出てきた答えが小説、を書くことさ。

2010年9月21日 (火) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸隠粥ゝ簡…盂С據鬼あし一門会
 女のやっかみ、か、まあ、面倒なもんさ。おまけに、やっかむのが、着飾った、間抜け面は、お金持ちのお嬢さんたちだ、まあ、面子ってものがあるから、貧乏人の娘が、自分たちより、腕が立つ、ってなると、やる事は一つ、足を引っ張る、まあ、イケズな女が寄って集って、一葉さんを苛める、って按配だな。

2010年9月18日 (土) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸隠魁“口一葉@火口イチョウ
 へえ、色恋の相手じゃなく、古典文芸の同士か、ほんと、どうしよう、まあ、その頃のあたしは、上野の黒門町に住んでいて、安藤坂の萩の舎に通い、歌子先生から和歌や書道を習ってるのが、楽しくて、楽しくて、自分でも、腕が上がる、ってのが、実感できた。でもさ、腕が上がると、回りから、やっかみ、ってのが、凄くてさぁ。

2010年9月17日 (金) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸隠押\飢子規@まさ可笑しき
 まあ、ご隠居の云う通りさ、あたしは、あっちの方は人より晩熟でね、二十歳を遠に超えても、ご婦人と交わった事がなくて、この時、一葉さんを目にしたんだが、色恋の感情じゃなく、何て云うか、和歌と俳句、ジャンルは違うけど、共に日本の古典文芸を継承する、同士ってぇ感じがしたんだな。

2010年9月16日 (木) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸隠院ゝ簡…盂С據鬼あし一門会
 そうか、一葉さんの桃割れ銀杏の髪型が色っぽかった、まあ、それまでの銀杏返しを少し変えた髪型だが、小顔で色白の一葉さんなら、ピッタリ似合ってたんだろう。でね。その頃の一葉さんは、歳は十八、番茶も出花って、箸がこけても、可笑しい頃さ。一方、子規さんは、一高生で、常磐会の塾生を集めちゃぁ、俳句や野球に、熱中してて、色気のイの字もなかったんじゃないか?

2010年9月15日 (水) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸隠亜“口一葉@火口イチョウ
 あの時の湯島天神境内での和歌会は、まあ、あたしの娘時代でも一番楽しかった思い出なの。でもね、丁度、その時に同じ境内で、子規さんたちが、句会を開催してた、ってのは気が付かなかったわ。まあ、後で、子規さんから聞いたんだけど、天神様の境内の、あたしの桃割れ銀杏が、色っぽかったね、って。

2010年9月14日 (火) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸后\飢子規@まさ可笑しき
 そうなんだ、ご隠居、まあ、あっしらも、下手の横好きで俳句を捻ってる男同士の集まりなんだが、当時、和歌を教える中島歌子先生の萩の舎の娘さんたちの、高名は聞き及んでてね。その高貴な乙女らと、事もあろうに、湯島天神の境内で鉢合わせ、するとは、お釈迦様でも、気が付くめえね。

2010年9月13日 (月) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸検ゝ簡…盂С據鬼あし一門会
 聞いてるよ、その湯島天神で萩の舎の和歌の句会があった、って噺は。でね、子規さんは一高生で、団子坂上の常磐会の塾生を集めた俳句の野点を、これが、運命てぇ、云うか、同じ時に開催してた、ってんだ。でもって、萩の舎の娘集団に一人、混じる野暮ったい一葉さんの姿に、気を引かれた、てぇ訳さ。

2010年9月11日 (土) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸掘“口一葉@火口イチョウ
 その頃のあたしは、安藤坂にあった中島歌子先生の萩の舎で、和歌や書道を習ってたんだけど、あたし以外は、すべてが上流社会のお嬢様たちで、貧乏人の娘には、いごこちの悪い思いの連続さ。でもさ、和歌と書道の腕前なら、断トツのトップで、歌子先生から、二代目を打診されてたさ。まあ、湯島の天神さんには、梅見がてら、和歌の野点を楽しんでいたわ。

2010年9月10日 (金) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸掘\飢子規@まさ可笑しき
 まあ、あたしが奈津さんに一葉、ってペンネームを送った、事は二人の胸のうちに仕舞っときゃ、誰にも分らない噺だと、思ったけど、それがどうして、ばれちまったんだか、ほとほと、鬼あしのご隠居の勘の良さ、には感服さ。でね、あたしが、奈津さんを、初めて見初めたのは、明治22年2月、大日本帝国憲法が発布されて直後の、湯島天神の境内さ。

2010年9月8日 (水) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸機ゝ簡…盂С據鬼あし一門会
 まあまあ、一葉さん、そうそう口を尖がらせずに、せっかくの美人が台無しだ。それにしても、その銀杏返し、って云う髪型、一葉さんは良く似合うねぇ。ご隠居も、好きだよ、何て云うか、可愛い色気を感じるさ。でさ、その銀杏がご縁で、正岡子規さんが、一葉ってペンネームをプレゼントした、ってのが鬼あしのご隠居の新発見さ。

2010年9月7日 (火) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸魁“口一葉@火口イチョウ
 止めてよ、鬼あしのご隠居、まるで、あたしと子規さんが、恋愛関係にあったような、思わせぶりな云い方は。世間様は、あたしの事を永遠の処女、って云ってるの、ご存知でしょ。まあ、今と違って、明治の日本じゃ、若い男と女が、並んで歩いているだけで、ふしだらだ、色気づいた、とか何とか、口うるさい、たら、ありゃしない。

2010年9月6日 (月) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸魁ゝ簡…盂С據鬼あし一門会
 まあね、犬も歩けば棒に当る、ってんで、当っちゃったんだな、本郷菊坂の炭団坂の上と下、ここで、学生の正岡子規と小説家志願の樋口一葉が住んでて、約2年間の時を共有してた、って噺は、その筋の人には知られていた事実なんだが、あたしゃ、この二人は出来かけてたんじゃないか、女と男の関係が、ってピ〜ンと来たのさ。

2010年9月3日 (金) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸押\飢子規@まさ可笑しき
 あれれ、あたしと一葉さんのご縁を、ご隠居、感ずいたの?さすがだね、男と女の噺になると、とにかく鼻が利くんだねぇ。まあ、今まで気付いた人はいなかったけど、そろそろ、ばれる頃だとは思ってた。だって、あたしの寝床と一葉さんのお宅が、坂の上下で、目と花の先、何処の誰が感づくか、楽しみにしていたんだよ。

2010年9月2日 (木) 第一幕 子規が一葉を見初める湯島天神境内@明治22年2月
癸院ゝ簡…盂С據鬼あし一門会
 この年の2月11日に大日本帝国憲法が発布されたのさ、それから数日後、梅の名所は湯島天神の境内で、正岡子規が樋口一葉の姿を、たまたま偶然に、目にした、ってのは、ええ、子規さんよ、この鬼あしのご隠居が10年間も開催を続けた、これまでの東京“名物”マラソン!坂の上の雲を往く、や同じく!樋口一葉を往く、のランニング行事の研究成果で、突き止めたんだよ。