鬼あし講談:正岡子規と樋口一葉が初心な出逢い
(2010年8月)

2010年8月27日 (金) プロローグ
癸掘ヽС據鬼あし一門会
 一葉さんは、24歳の時、結核で亡くなりました。貧乏生活に伴う、栄養失調が原因なんでしょうか、でも、もともとは、足腰のしっかりした、おてんば娘で、カケッコが大好き、そんなアスレティック一葉のイメージが湧いて来ました。この“おてんば”をテーマに、一葉に縁の名所を連ねて走る、一葉マラソンを開催した、訳です。

2010年8月24日 (火) プロローグ
癸供ヽС據鬼あし一門会
 五千円札の肖像となった明治の女流作家、夭折されています。この一葉さんが本郷菊坂に棲んでいた事は存じていましたので、さっそく、菊坂界隈を下見すると、子供の頃に棲んでいた処、亡くなった処、通っていた質屋が適当な距離で点在しています。それに、この界隈は急坂が多く、この急坂を日本髪、和服を着て、草履を履いて歩いた、こりゃぁ、相当に足腰が達者だった、と感じました。

2010年8月22日 (日) プロローグ
癸機ヽС據鬼あし一門会
 この“坂の上の雲”ウォーキングが好評だったので、司馬遼太郎シリーズの第二弾として、幕末維新の名作“花神”と“世に棲む日日”を合せ、吉田松陰、高杉晋作、大村益次郎らの江戸の足跡を辿る約30kmを開催しました。11月の勤労感謝の日でした、このコースを案内している途中、三ノ輪の交差点で、一葉祭の開催を知りました。

2010年8月21日 (土) プロローグ
癸粥ヽС據鬼あし一門会
 それで、7年前から、“坂の上の雲”を往く、と題した約30kmのウォーキング行事を東京駅発着で開始しました。ランニングじゃなく、ウォーキングにしたのは、じっくり参加者に、観光案内ができると考えたからです。このウォーキングには、ご贔屓様が付きました。市ヶ谷の当時、防衛庁は航空自衛隊の某部署の方々で、秋山兄弟の噺を、じっくり聞いて頂けました。

2010年8月20日 (金) プロローグ
癸魁ヽС據鬼あし一門会
 歴史長編小説“坂の上の雲”を始めて読んだのが約35年前、以来、何十回と読見込みました。10年前から、脱サラし、市民ランナーを集めてランニング行事を開催するうちに、主人公の子規や秋山兄弟が、東京で住んでいた処を通っている事に気付き、いっそ、“坂の上の雲”を題材にした行事を開催しては、と思いました。

2010年8月3日 (火) プロローグ
癸押ヽС據鬼あし一門会
 この12月からNHKが放映する大河ドラマ、司馬遼太郎さんの人気歴史長編小説“坂の上の雲”、主人公の一人が正岡子規なんです。この小説を始めて読んだのが、今から35年ぐらい前、中学校の国語で習った“柿喰えば 鐘がなるなり 法隆寺”の作者が正岡子規だと、思い出したよ。

2010年8月1日 (日) プロローグ
癸院ヽС據鬼あし一門会
 江戸東京の各所を観光ランニングを開催しながら、案内していますと、思わぬ発見、ってぇのに遭遇します。今回の発見は5千円札の肖像美人、樋口一葉さん、そのペンネームである一葉の名づけの親が、正岡子規だった、って処なんです。まあ、これから、当の一葉さんと子規さんにご登場いただいて、そもそもの馴れ初めを聞くといたしやしょう。