土方歳三と樋口一葉が艶姿“鬼あし”プロジェクト
(2009年11月)

2009年11月30日 (月) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械牽亜^賤奸鬼あし一門会
 まあ、新撰組の副長ともあろう、お方が何をくだくだ云ってるのよ、無粋な喧嘩屋集団の新撰組じゃない、か弱い女の細腕の一葉さんが、金を奪えるわけがないでしょ。あたしが娘時代の日本てのは、貧乏人でいるのが、当たり前の世界、そんな時代の女3人暮らし、もう、食べて行くのがやっとこさ、とにかく、先立つお足がない、家の中には質草もない、ないない尽くしの中であったのは、借金の才能だけよ。

2009年11月29日 (日) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械沓后〆仍亜鬼あし一門会
 おいおい、鬼あしのご隠居、止めてくんないかな、その女誑しの歳三ってのは、あっしの場合は、女の方から、摺り拠って来られるタイプで、女といちゃつくよりは、男相手に棒を振り回してる方が、性分に合ってるんだ。でもな、借金ができる、ってのは、あっしにはない才能だな。借金を申し込むぐらいなら、金を奪った方が、早い、ってのが新撰組流の資金の調達法、だったもんな。

2009年11月28日 (土) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械沓検ヽС據鬼あし一門会
 まあ、書いた本人が、三文小説と云っちゃぁ、身も蓋もないよ、でもさ、一葉さんが健康で長生きしてたら、あたしゃ、女流ジャーナリストから社会活動家になってた、と思うよ。なぜか?って云うと、一葉さんは、そりゃぁ、文才に恵まれた人だが、一番の才能は、借金が上手いこと、この、人から金を借りる事ができる、ってのは、女誑しの土方歳三さんにしても、苦手だった、まあ、才能というより、性分もあるけども、な、土方歳三さん。

2009年11月27日 (金) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械沓掘^賤奸鬼あし一門会
 ふふ、新撰組の副長まで張った土方歳三さんが、色恋に疎いかぁ、まあ、人は見かけに拠らない、天は二物を与えない、って云うから、ねぇ。その点、一葉の場合は、貧乏人の総領娘で、色恋に迷ってる暇もない、とにかく、家族が食べて行ける様に、稼がにゃならない、でもって、あたしには、商才がなく、あるのは、文才だけさ。そんな女が手っ取り早く稼ぐには、あん時は、三文小説しかなかったの。

2009年11月26日 (木) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械沓供〆仍亜鬼あし一門会
 なるほど、ジャーナリズムか、難しく云うと、時事報道だろ、要は、今世間で起こっている出来事を、自分の目で見て、耳で確かめて、ありのままに書いて、世の中に伝える、って事なんだ。でよ、この土方歳三さんは、実は、ジャーナリストの先駆け、だったんだぜ。まあ、人間誰しも、得意不得意、自慢所に泣き所が、あって、あっしの泣き所は、女好きなんだが、女心が読めなかった、子規さんと一緒で、色恋にゃぁ、疎かったね。

2009年11月25日 (水) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械沓機ヽС據鬼あし一門会
 そう、ジャーナストなんだ、あたしはさ、一葉さんは、苦手な男と女の色恋沙汰を、テーマにした小説より、今で云う、ジャーナリスティックなノンフィクションを描いた方が、向いてる、と持ってたんだ。当時は、男尊女卑が当たり前の世の中、女工哀史なんて報道もあった、まあ、一葉さんも、社会派の小説を目指したはずなんだが、子規さん同様に、健康に恵まれなかったよな。

2009年11月24日 (火) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械沓粥^賤奸鬼あし一門会
 そりゃそうよ、なんせ、私はオボコ娘のまんま、一所懸命に頭の中で男女の切った張ったの色恋沙汰を想像して、書いてたもの、鬼あしのご隠居や土方歳三さんのような、手練手管の旦那から見ると、寸足らずの描写のはずよね。でもさ、子規さんが、運が良かったのは、雑誌“日本”を主宰した陸羯南さんが、ジャーナリストとしての才能を見出した事よね。その点、あたしにも、ジャーナリストの才能があったんだけど、気が付かなかったね。

2009年11月23日 (月) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械沓魁〆仍亜鬼あし一門会
 へへ、男に取って、青春ってぇのは、実に厄介きわまるモノで、あっしの青春時代は女の尻ばかり、追っ駆けまわしてた、けど、この子規さんてぇ、お方は、品が良い、って云うか、初心って云うか、色気がない、んだな。まあ、あっしも、俳句詠みの端くれだから、云わしてもらうが、子規さん俳句にゃぁ、艶っぽさ、ってもんが、ないんだなぁ。その分、判り易い、そう云や、一葉さんの作品にも、艶っぽさ、色っぽさ、が足らねえんだな。

2009年11月22日 (日) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械沓押ヽС據鬼あし一門会
 そうか、子規さんが二十歳の野球姿、一葉さんが十五歳の春に、上野のお山で出会った、って訳か。まあ、そん時に、お二人にどんな噺があったか、なんて野暮な事は聞かないけど、縁は異なもの味なもの、って云うけど、お二人には、この後も、ご縁が続いた訳さ。まあ、その頃の子規さんは、この先、自分は何をして、世間のお役に立つか、青春らしい悩みを持っててさ、おまけに、親友の真之さんは、海軍兵学校に入学しちゃった。

2009年11月21日 (土) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械沓院^賤奸鬼あし一門会 
 ふ〜、ばれちゃったから、白状するけどさ、あたしと子規さんが、初めて会った、顔を合せたのは、そうね、中島歌子先生の萩の舎に入門したての頃、だったわ。その頃は、今の東大の赤門前に住んでて、そこから、飯田橋の萩の舎に通ってた途中、ちょいと、上野のお山に寄り道した時、今まで見た事もない、へんてこりんな遊びを楽しんでる、一高生がいたの、それが、今の野球で、その中の二人が、子規さんと秋山真之さん、だったの。

2009年11月20日 (金) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械沓亜〆仍亜鬼あし一門会
 まあ、昔から江戸、東京には全国から若者が集まって、顔なじみになる処さ。あっしも、結局は敵同士になったが、坂本竜馬に桂小五郎らと、顔を合せ、懇意になった。そんな時、和歌や俳句を詠み合いのが、日本人の挨拶代わりなんだ。でね、一葉さんと子規さんも、和歌を嗜み、俳諧を詠み、江戸草紙を楽しんだ文人の端くれだ、顔を合せていない訳がないよ。

2009年11月19日 (木) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械僑后ヽС據鬼あし一門会
 まあね、勘がさえる、って云うより、あたしはさ、一葉さんに豊田佐吉さん、それに、“坂の上の雲”で正岡子規さん、の東京での足跡を巡ってるうちに、この3人の足跡が交わる観光名所がある事に気付いた。まずは、新吉原の遊郭、それに上野の図書館、本郷から神田当りの学生街だ。でね、次に、この3人の東京での年代や境遇を考えると、明治二十年代に遊学してるんだよ。

2009年11月18日 (水) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械僑検^賤奸鬼あし一門会
 あら、嫌だ、そんな事、今まで、何処の誰も気付いちゃいなかったのに、やっぱり、鬼あしのご隠居でしょ、ほんとに、まあ、男と女の事になると、妙に勘がさえる、ってか、鼻が利く、ってか、あ〜あ、一葉の一世一代の内緒、内緒の噺がばれ、ちゃった、みたいよね、ちょいと、にたにた笑ってないでよ、鬼あしのご隠居、まあ、豊田佐吉さんと一葉との出逢いが、ばれた時から、もしかしたら、って思ってたのよ。

2009年11月17日 (火) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械僑掘〆仍亜鬼あし一門会
 そうだったよな、中島歌子さんの一門じゃ、トップの和歌を詠んだ一葉さんは、単なる散文小説じゃなく、和歌や俳諧を散りばめた、源氏物語をお手本に、小説を独学で学んで、その舞台を江戸に探すと、もう吉原遊郭か江戸城大奥しか、なかった、ってんだ。で、世の中は、点と線、月と太陽、陰と陽、そんな一葉さんが棲んでた近所に、“坂の上の雲”の正岡子規も棲んでた時があった、ってんだ。

2009年11月16日 (月) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械僑供ヽС據鬼あし一門会
 そだったよな、明治維新ってぇのは、今から考えてみると、一般の貧乏人の子倅に、あまねくチャンスを与えた、良い時代だった。ただ、残念ながら、貧乏人の小娘には、なかなかチャンスはなかった。多くの娘が、貧しい農魚村から、遊女に売られた、悲しい歴史があった。で、一葉さんは、そんな悲しい遊女と、遊客との間で、源氏物語を超える、一葉物語を書く、って腹を括って、吉原遊郭裏に駄菓子屋を開業した、ってぇ訳さ。

2009年11月14日 (土) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械僑機^賤奸鬼あし一門会
 そうね、日曜日に歌子先生の仲間と連れ立ってさ、銀座から、できたての海軍兵学校があった築地辺りをブラついて、初々しい兵学校のお兄さんたちの姿を見るのは、楽しみだったわ。だって、あの人たちが、将来は日本の海軍を背負って立つエリートになるんだもの、それに、貧乏人の娘の一葉にとっちゃ、同じ貧乏人の倅でも、入学試験に受かりゃ、入学できる。男に生まれたい、って思ったわよ。

2009年11月13日 (金) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械僑粥〆仍亜鬼あし一門会
 そう、できたての海軍兵学校に入学したのが、秋山真之ってぇ、伊予は松山出身の悪戯小僧さ、でもって、この真之を、送り人の、本木が演じるのさ。まあ、“坂の上の雲”も、あっしが主人公の“燃えよ剣”も司馬遼太郎さんの作品だな。確かに、海軍の仕官服は、陸軍に比べると、格好良い、蝦夷地の函館じゃ、あっしの陸軍姿より、榎本武揚の海軍姿が、女にゃ持てていたさ。

2009年11月12日 (木) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械僑魁ヽС據鬼あし一門会
 ほう、そうかい、一葉さんが歌子先生の門弟と連れ立って、築地当りに海軍の士官さんをウォッチか、なかなか、やるじゃん。で、一葉さんが、歌子門下に入ったのが、確か、明治19年の8月よな、で、その頃に、築地に海軍兵学校ができたんだ。年の頃は、15歳の一葉さんなら、二十歳前後の海軍兵学校の生徒は、兄貴って感じで、憧れたはずさ。そう云えば、この11月29日に放送の“坂の上の雲”の主人公も、兵学校の生徒さ。

2009年11月11日 (水) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械僑押^賤奸鬼あし一門会
 そうなの、土方歳三さんの得意技が、スコップで地面に穴を掘るドカタ仕事の野戦築城術だってのは、洒落にならないわね。でもさ、今の日本じゃ、あまり、お目にかからないけど、男の人の軍服姿って、あたしは、大好きだった。それも、どちらかって云うと、陸軍さんより、海軍さんのスマートな英国風が、好きだったわ。だから、同じ年頃の中島歌子先生のお弟子さんたちと、築地当りに、海軍士官を見に行ったものさ。

2009年11月10日 (火) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械僑院〆仍亜鬼あし一門会
 って事さ。まあ、土方歳三は、やれ、剣客だ!けんか屋だ!って云われるけれど、それは、新撰組が鳥羽伏見で負けるまで、それから先は、幕府おかかえのフランス陸軍士官から、近代戦闘術ってのを習って、棒振り剣術屋から、鬼あしのご隠居の云う、Military Engineer、に変身さ。でもって、一番得意だったのが、野戦築城術、つまりは、人手でスコップを使った穴掘り、土方稼業さ。

2009年11月9日 (月) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械僑亜ヽС據鬼あし一門会
 そう云うこった、一葉さんよ。今の東京市民ランナーの皆さんに、分りやすく云うと、何てたってランニングブームの皇居周回歩道、ここは、もともとは徳川家康が軍事目的で造った、徳川家のための江戸城を敵から防御する壕を回ってるよな、つまりは、Military Eng.軍用構造物、軍事インフラさ、ところが、400年も経つと、いつの間にか、Civil Eng.市民構造物、市民ランナーインフラになっちゃった。

2009年11月8日 (日) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械毅后^賤奸鬼あし一門会
 まま、日本じゃ土木、土方、土建って商売は、西洋じゃ、Civil Engineering、ってビジネス分野なのさ。でね、その西洋じゃ、軍隊、軍事を扱うのが、Military Enginerring、って訳で、ほら、土方歳三さんが、幕府のフランス仕官から習ったのは、Military,Eng.で、鬼あしのご隠居が、こさえてたのは、Civil Eng.って仕分けよね。

2009年11月7日 (土) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械毅検〆仍亜鬼あし一門会
 ほう、鬼あしのご隠居は、土木、土方を奇麗に可愛く、しよう、って算段の挙句がランニングですかい。まあ、ちょいと考えりゃ、すぐ分るこったが、ランニングの空間、ってぇのは、道路、公園、それに河川敷とか、これ全てが、土木屋の土建仕事でこさえた、空間、ちょいと気障っぽく云うと、社会基盤インフラだ、でもって、ご隠居は、土木屋がこさえたインフラを、市民ランナー向け走りインフラと、考えた!ってぇ訳だ。

2009年11月6日 (金) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械毅掘ヽС據鬼あし一門会
 まあ、あたしは、大成建設に26年間、お世話になったけど、その間、世間様から、土建業界は、談合だ!贈収賄だ!手抜き工事だ!、と散々、揶揄され、肩身の狭い思いで、世の中を渡っちゃ来たが、その間、なんとか、土建業を奇麗に、可愛いく、愛らしく、する方策って、ないものか?と考えてね、とどのつまりが、ランニングに至った、てぇ訳さ。

2009年11月5日 (木) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械毅供^賤奸鬼あし一門会
 やっぱりね、土方歳三さんには、フランス流儀がよくお似合い、って訳、なら、着る物以外に、歌う物なら、シャンソン、ってぇ訳か。江戸の街角で、町娘をかどわかしてるよりか、パリのシャンゼリア通りで、シャンソンなんぞを口ずさみながら、パリジェンヌを口説いて、ジゴロになる、なんてぇのが、男前の土方歳三さんの、真骨頂なんだ。 

2009年11月4日 (水) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械毅機〆仍亜鬼あし一門会
 まあね、あっしも、徳川幕府が招いたフランスの陸軍士官たちに、江戸っ子の好きな“粋”を、フランス語じゃ、何て云うんだい、って尋ねた事があってさ、そん時の答えが、“Vogue”だったよ、でもって、それから、Vogueに被れて、フランス陸軍式の仕官軍服をあつらえたり、サーベルを吊ったり、そりゃぁ、フランスに憧れたもんさ。

2009年11月3日 (火) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械毅粥ヽС據鬼あし一門会
 おっと、止してくんないか、一葉さん、男は60歳じゃ枯れない、まだまだ、男盛り、って事だよ。まあ、“Do Vogue”にたどり着くには、“Do Vox”や“Do Voxy”とか、“Do Volunts”、いろいろ考えたさ。でね、結局は“Do Vogue”になったのは、まさしく、Vogueが、流行や人気者を意味する、洒落た言葉だったからさ。

2009年11月2日 (月) 鬼あしプロジェクト!第二幕“土方歳三の色恋道中”
癸械毅魁^賤奸鬼あし一門会
 確かに、云えてるわ、だって、洒落た女性が読む、“Vogue”ってファッショナブル雑誌が、かれこれ創刊10周年だってね、そんな、Vogueに、Doを引っ付けて、Do Vogue、なんてのは、ドカタの人には到底、思いつかない、発想よ、まあ、粋と云うか、お洒落と云うか、普通なら、とうに枯れ果てる、男の60歳過ぎにしちゃ、出来すぐよ。