土方歳三と樋口一葉が艶姿“鬼あし”プロジェクト
(2008年8月)

2008年8月30日 (土) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸横后“口一葉@鬼あし探偵
 そうか、一宿一飯の恩義か、まあ、為兄さんの離れには、長ドス仕立てのヤクザ渡世人は寄り付かなかったけれど、要は、喰えない旅芸人や詐欺師、ペテン師、偽クスリ売りとかが、列を成した、って訳ね。で、あんた、土方歳三は、そんな人たちの間で、赤ん坊の頃から育って、大きくなって、読み書き算盤から、諸事芸能、俳句連歌、人の口説き方、モノの売り方を、教わった、まあ、あんたのこった、色事の道も実地に教わったのさ。

2008年8月30日 (土) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸横検‥敲歳三@鬼あし本舗
 へ!一葉さんよ、あんた、急に、べらんめえ調になって、ま、あっしは、お高い女も好みだが、ええ、ちょいと拗ねた、べらんめえ娘ってのにも、タイプなのさ。で、クスリ以外の手合い、って云やぁ、そりゃ、来たぜ。まずは、為兄いの大好きな、鳥追い女、女義太夫語り、他には、歌詠み、俳句師、連歌師、絵描き、まあ、いずれの分野でも、一流は来ない、云って見れば、二流三流、要は、喰って行くのが、やっとこさ、と云った手合いが、一宿一飯の恩義に預かろう、って訳さ。

2008年8月29日 (金) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸横掘“口一葉@鬼あし探偵
 ふ〜ん、そうか、云ってみれば、為兄さんの離れは、怪しげな商人たちの梁山泊、アジトって訳ね。まあ、売りつけるクスリが怪しげだから、同じ代物でも、大儲けをするのもいりゃぁ、まるで売れないのもいて、売り方の上手い下手ってのを、あんた、土方歳三さんは、ええ、独特の勘で、嗅ぎ分けていた。まあ、為兄さんの離れは、土方歳三に取っちゃ、薬の商いのゼミナールだったんだ。で、一葉さんの女の勘じゃ、その離れには、クスリ以外の手合いも、やって来たんだろ、ええ、白状しちゃな。

2008年8月28日 (木) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸横供‥敲歳三@鬼あし本舗
 そう、一葉さん図星だよ。まあ、今でもそうだが、男に取っちゃぁ、強性強壮薬、ほら、オットセイのあれだか、亀の皮だか、女に取っちゃぁ、美容痩身薬、ローヤルゼリーだ、コラーゲンだ、そんな類の、あやしいクスリ売りが、来るんだよ、為兄さんの離れには、まあ、連中は為兄いに、売り付けるんじゃなく、まあ、何て云うか、今で云う、マーケットリサーチ、商品開発のヒントを為兄いから、聞きだそうって、算段さ。で、あっしは、兄いと連中の間で、怪しげな商品開発の問答を、聞きながら、育った、って事さ。

2008年8月27日 (水) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸横機“口一葉@鬼あし探偵
 クスリね、まあ、昔のクスリってのは、病気や怪我に効く事はなかったよね。何が効いたかって云うと、毒薬に媚薬、まあこれは、今でもそうだけど、世の為人の為にならない薬ほど、よ〜く効くってのは、皮肉よね。おまけに、昔のクスリは、売り手と買い手の力関係で、売値、買値が決まる、今で云う一物一価じゃない、あやしい世界さ。で、来たんだろ、そう云う怪しいクスリ売りが、為兄さんの離れにも。

2008年8月26日 (火) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸横粥‥敲歳三@鬼あし本舗
 それさ、一葉さん、あっしの家は、馬2頭に作男が4〜5人のちょいした農家だったが、まあ、今で云うサイドビジネスってので、家伝の薬を作って、卸していた。だからさ、夏の真っ盛りになると、石田散薬って代物を、大勢が寄って集って造るんだ。まあ、犬猫の手も借りたいって按配で、当然、ガキのあっしも借り出される。そんな、家で育ったせいか、クスリって言葉には、敏感なのさ。

2008年8月25日 (月) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸横魁“口一葉@鬼あし探偵
 まあ、江戸の女が好色、色好きってのは、間違いのない歴史的事実だから、仕方ないけど、問題は色事の中に加持祈祷、宗教絡みの秘儀が、加わってる事よね。で、加持祈祷には秘薬、媚薬が付き物、この当時、ほら、紀州じゃ、華岡青洲様が、秘伝の睡眠薬を完成し、乳がんの手術を成功させたし、江戸の巷じゃ、漢方医者より蘭方医者が、羽振り良く、オランダ渡りの新薬とかも、広まって、ちょいとした、新薬ブーム、だったみたいね。

2008年8月24日 (日) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸横押‥敲歳三@鬼あし本舗
 ほう、さすが、大奥の事は詳しいやな、一葉さんの云う通り、感応寺ってのは、官能の巣窟さ、でね、この感応寺ができたのは、あっしが二歳の頃で、以後、5年間で、参拝者は大奥の夫人から、有力大名、旗本の夫人、さらには、大店の女将さんや娘たちも、列をなした、って云うから、江戸の女ってのは、とにかく、好色、だったって事よ。まあ、この感応寺の噂が流れると、ほら、決まってるだろ。それを真似する、連中が、あちこちに現れたのさ。

2008年8月23日 (土) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸横院“口一葉@鬼あし探偵
 ん〜ん、土方歳三さんは、物心付いて、いきなり、感応寺の破壊僧と大奥女中との不義密通の噺を耳にした、ってのね。まあ、大御所の家斉様は、とにかく、性豪で、ダボハゼのように婦人を漁った、天下の将軍様が色好みの大将じゃ、下々に至るまで、色狂いになるのは、世の常よね。しかし、感応寺ってのは、まさしく、官能の寺、家斉様の愛妾お美代の方の実父、日啓が建てた寺でね、その中じゃ、怪しげな加持祈祷が、大奥の婦人に施され、今で云う、乱交パーティ、酒池肉林の宴が、はびこっていた、って云うじゃん。

2008年8月22日 (金) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸横亜‥敲歳三@鬼あし本舗
 まあ、人には生まれついた運、不運ってのが、あって、あっしは、確かに金と女には不自由しない運を持っていたようさ。で、この為兄さんの離れが、あっしに取っちゃぁ、読み書き算盤の寺子屋、芸事の稽古場だった。ただね、母親が亡くなった頃ってのは、幕府じゃ、大御所の家斉様が亡くなり、後釜が家慶様で、老中の水野忠邦が天保の改革を、推し進めていてね、世の中全体、倹約令が蔓延していて、重苦しい雰囲気のご時世だった。そんな折に、江戸市中じゃ、破戒坊主の日敬、日尚が大奥のご婦人らと、よろしく、楽しんでいた感応寺が、おとり潰しになった、って云うぜ。

2008年8月21日 (木) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸隠后“口一葉@鬼あし探偵
 そうか、田舎のちょいした名家、お屋敷の庭の離れに、とうにご隠居した長男が、悠々と暮らしている。で、その離れ、ってのが、ご近所の女の井戸端会議の巣、子守の娘から、仕立物仕事の女房、端唄の一つも唸る婆さん、まで、まあ、いろいろな女がたむろしていた。そんな、女の城に、色白で、二枚目で、利発な男の子が、ちょこねんと混じっている。いやはや、男冥利に尽きる、ほんに、土方歳三さんは、女と金には不自由しない生まれ上だよね。

2008年8月20日 (水) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸隠検‥敲歳三@鬼あし本舗
 さあ、そこなんだが、あっしの兄弟の長男、為次郎って人は、事の外、豪胆な男だったが、残念な事に、目を悪くしてね、家督を次男の喜六に譲って、自分は庭の離れで楽隠居を決め込んでいたんだ。でね、あっしは、赤ん坊の頃から、この為次郎さんに、事の外、可愛がられて、物心付いた頃から、離れに入り浸り、20歳近く年上の為さんを父親代わりに、大きくなった、まあ、為さんにとっちゃぁ、不便な目の代わり、だったかもしれないや。で、この為さんは、ご近所の娘っ子から婆さんにいたる、幅広い年代の女に、やたら、人気があった、って訳さ。

2008年8月19日 (火) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸隠掘“口一葉@鬼あし探偵
 ま、昔の日本は子沢山家庭が多かったから、そんな家庭の末っ子ともなりゃぁ、両親が揃って健在って訳には、なかなか行かなかったわね。でも、物心が付いて、周りに両親がいない、のは、気の毒よね。となると、土方歳三さんの世話、養育は、やはり、上の兄弟、つまりは、ご長男当たりが面倒を見た、って事なの。

2008年8月17日 (日) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸隠供‥敲歳三@鬼あし本舗
 一葉さんの云う通り、確かにそうさ、まあ、物心が付いた、5〜6歳の頃から、あっしの周りは乳母のような老女から同い年の幼女まで、女ばかり、だった。そのくせ、母親の記憶ってもんが、まったくない、恵津って云ったんだが、体の調子が悪かったんだろ、立って働いている、って事がなかったようで、そうさな、確か、あっしが六歳の頃、天保11年に亡くなっちまった。父親の方は、ま、生まれる数ヶ月前に亡くなってるので、この土方歳三さんは、両親との親子の縁が、薄い子供だった訳さ。

2008年8月16日 (土) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸隠機“口一葉@鬼あし探偵
 お大尽、まあ、田舎じゃ豪農の事を、そう云うんだってね。大き目のお屋敷に作男と家畜がいて、まわりから、「お坊ちゃま」と呼ばれる、羨ましい境遇の、それも9人兄弟の4男の末っ子か、そりゃぁ、可愛がられただろうさ、おまけに色白で利発と来た日にゃぁ、こりゃ、まわりの女たちが、ほっちゃぁいない、蝶よ花よと、ちょっかいを出してくる。ほんと、羨ましい身分だ事!

2008年8月15日 (金) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸隠粥‥敲歳三@鬼あし本舗
 そうかい、一葉さんは、子供時代に、あっしのような大人しくて、色白で賢そうな男子と、遊んだ事がありなすった。それなら、噺は早いやね。まあ、あっしもね、特段、だれと遊んだって良いのだが、まなじ、実家がお武家さまのいない多摩は石田の中流家庭、水飲み百姓でもない、職人や商人でもない、変な家庭の末っ子で、幼馴染の男の子ってのは、物心つくと、家の仕事の手伝いとかで、遊ぶ処の話じゃない、と言って、女子も、子守や家事手伝いで、遊んでいる事が少ない、ところが、こちとら、家の手伝いをする、そんな必要のない、お大尽家の末っ子だった。

2008年8月14日 (木) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸隠魁“口一葉@鬼あし探偵
 そうね、大人しくて、色が白くて、切れ長の目で、賢そう、でもね、そんな男の子って、町内には必ず一人や二人はいた、と思うよ。あたしの子供の頃って、御城に近い内幸町の南町奉行所の官製社宅、つまりは長屋住いだったけど、いたわよ、土方歳三さんの子供時代のような、こませたガキがさ、で、その子はさ、どういう訳か、あまり、男の子同士じゃ、遊んでいなくてね、いつも、ちょいと、年上の女の子に混じって、遊んでいたわね。

2008年8月13日 (水) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸隠押‥敲歳三@鬼あし本舗
 へへ、さすがは女流作家だ、勘が良いやね。まあ、あっしのガキの頃ってのは、なまじ、新撰組の鬼副長って形で出世したって云うか、有名になったお陰で、新撰組の鬼副長なら、おそらく子供の頃から、ああだろう、こうだろう、って根も葉もないでっち上げの昔話が、喧伝されてるんだが、まあ、実際の所は、どうって事のない、大人しいガキだった、でもね、まあ、色が白くて、目が切れ長で、賢そうで、ちょいと田舎じゃ見かけない見た目の良さで、世間一般の子供よりかは、周りから大事にされたもんさ。

2008年8月12日 (火) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸隠院“口一葉@鬼あし探偵
 へえ、そう云う風にぼかされると、よけいに気になるけど、まあ、女流小説家の一葉さんだ、話は分る、要は、・・が・・のままだったんだろ。はは、天下の新撰組の土方歳三さんも、ガキの頃には、ザマはなかった、って事ね。確かに、あたしの周りもいた、いつまでたっても、声替りのしない晩熟の坊やが、ま、外見、見てくれは可愛いんだけど、そんなガキに限って、頭の中は、女の子、のミステリアスな部分の妄想で一杯なんだよね。

2008年8月11日 (月) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸隠亜‥敲歳三@鬼あし本舗
 よせやい、一葉さん、いくら女好きの土方歳三でもガキ、童の頃から、大奥ごっこ、ってのは、ないぜ。と言うより、実はさ、あっしは、人並みはずれた晩熟だった、まあ、昔のこった、男も女も第二次成長が早く、歳の10歳前後から、体つきや顔つきが、大人びて来る、んだが、どう云う訳か、あっしは、成長、と言うより性長かな、が遅くてね、声替りはしない、下の毛は出ない、髭は生えない、それに、女性の前じゃ云いにくいが、・・がいつまでも・・だったのさ。

2008年8月10日 (日) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸后“口一葉@鬼あし探偵
 え!ウッソー、じゃないわよ、腹が減った、何か喰わせろ、ってのは、まあ、貧乏人、水呑み百姓の子倅の云う文句、聞く所じゃ、土方歳三さんの実家ってのは、日野界隈じゃ、かなりのお大尽、飲み食いに不自由はなかったはずよ。喰う事より、生まれた時から、喧嘩好き、女好き、ガキの頃には、手下の数人を引き連れて、子供同士で喧嘩三昧、で、喧嘩に飽きると、頃合の娘、じゃないわね、女童を集めて、家斉様を真似た、大奥ごっこをやらかしていた、って按配じゃないの。

2008年8月9日 (土) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸検‥敲歳三@鬼あし本舗
 まあ、家斉って将軍の事は、やたら子沢山の精力絶倫、おまけに大御所って事で、悪政を続けた、ようだが、ガキの頃のあっしには、関係ない事さ。でね、一葉さんも、そうだろうと思うけど、物心が付いた頃、って幾つぐらいだった、あっしは、そうさ、4〜5歳の頃だったんじゃないか、それ以後の事にゃぁ、おおよその記憶ってのが、残ってる。でさ、覚えているのは、腹が減った、何か喰わせろ、だね。

2008年8月8日 (金) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸掘“口一葉@鬼あし探偵
 そうか、いたる処で目に入ったの。まあ、歳三さんは、多摩の田舎生まれ、馬糞が舞う甲州街道は日野の宿場育ち、だもん、人も馬も牛も鶏も、する事は皆、同じって訳ね。まあ、日本人のセクソロジーは、又の話、そろそろ、本題の、“鬼あし 歳三”の云われ、それと、篤姫様とのご縁、ってのを、お話願いましょうか。歳三さんと篤姫様は同じ年の生まれ、天保6年、つまり、1835年は、未(ひつじ)年の5月と12月だったよね。まだまだ、平和な時代で、将軍様は11代の家斉さま、精力絶倫、子沢山の馬公方よね。

2008年8月7日 (木) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸供‥敲歳三@鬼あし本舗
 まあ、おおらか、開けっぴろげ、他人の目を気にしない、だから、幕末にやって来た毛唐の連中が、やっぱりそうか、って腰を抜かしたって云うぜ。日本に来る前から、例の浮世絵、それも、思い切り色恋尽くめの枕絵を、見て、こんな凄いモノを日本の男は持ってるのか、って、まあ、日本に来てみて分ったのは、サイズは大した事はない、むしろ、毛唐の方が立派なんだが、とにかく、明るい昼の日中から、人目を気にしないで、おおらかに、励んでいる姿、それが、いたる処で目に入る、って按配さ。

2008年8月6日 (水) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸機“口一葉@鬼あし探偵 
 そうよね、土方歳三さんが、うろついていた頃の江戸は、住んでる人が、町人で約50万人、お武家様も約50万人、合せて約100万人の町よ。まあ、当時じゃ世界一の町、って事なんだって、でもね、今の東京は1000万人、10倍に膨らんだ、って訳よ。でね、まあ、今の方々、明治の御新政以来、洗練された西洋流のマナーとかモラルで、子供の頃から教育された人にゃぁ、まあ、分っちゃ頂けない、日本流の大っぴらな性風俗ってのが、あってさ。あたしもね、わざわざ新吉原の裏門近くに引越しして、始めて、知ったけど、まあ、開けっぴろげ、おおらかなモノさ、江戸時代の男と女の交わりってのは。

2008年8月5日 (火) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸粥‥敲歳三@鬼あし本舗
 まあ、今回の一葉さんと、あっしの噺の中味は、ずばり“鬼あし”の言われ、なんだが、今から断っておきますが、司馬遼太郎さんが、人気小説の“燃えよ剣”で、紹介した“歳の鬼あし”とは、全く別物の“鬼あし 歳三”、その原点って云うか、ミッションって云うか、そんな事を話す予定なんだ。でもね、平成の今とは、全く違う、江戸市中並びに三多摩に住んでいた方々の、生活習慣、物の考え方、モラル、常識・・、ってのが、分ってもらえるかな。

2008年8月4日 (月) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸魁“口一葉@鬼あし探偵 
 ええ?何よその、フェミリンってのは、フェロモンは聞いた事があるけどさ、ま、どうせ、土方歳三さんの云う事だから、女か喧嘩に関係するはずだけどさ。でもね、江戸から東京と世の中、何もかも変わったか?って云うと、全然変わらない世界もあってね、まあ、古今東西、男と女の間にゃぁ、色と欲の混ざり合い、青い目をしたバテレン宣教師が驚いたように、権現さまの昔、っから、日本人は好色、助平、色気違い、だから、あたしもさ、こんなはずはない、清らかな純情可憐な男女の交わりがある!と、思ってたけど、全くのお門違い、って訳よ。

2008年8月2日 (土) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸押‥敲歳三@鬼あし本舗 
 まあ、権現さまのご威光が光ってた頃や赤穂の義士が討ち入りした元禄の頃は知っしゃぁいないが、確かに、あっしが、始めて上野の松坂屋に奉公に上がった頃、あ!意外とお江戸にゃぁ、ご婦人の方々が多い!って感じたね。で、その数の多い、ご婦人、まあ、下々の世界じゃ、山の神とか女将さんとか、呼ばれていた方々から、下女や子守娘に至るまで、気風が好い、って云うか、好色って云うか、今で云う、フェミ凛?っぽかったさ。

2008年8月1日 (金) “鬼あし”プロジェクト!第一幕「篤姫と歳三」
癸院“口一葉@鬼あし探偵 
 ほんと、毎日毎日、暑いわね。まあ、昔から江戸ってのは、日本一の、人沢山な処で、おまけに、女より男の頭数が多い、多男少女ってんだから、やたらめっぽう、キップの良い女が目立った、変な処なのさ。もっとも、土方歳三さんが、女の尻を追っかけ回していた幕末に頃にゃ、ほぼ、男と女の数が同じ、て按配だったけど、江戸女のキップの良さ、は変わっちゃいなかったよ。