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「土方歳三と千姫・一葉が日刊鬼あし名走談」
(2007年4月)

2007年4月30日 (月) 癸械横掘‥敲歳三は千一マラソン開催を謡う
 あ〜あ!まただよ、鬼あしのご隠居のエンジニアリング・デザインかぶれが始まったね。まあ、あっしの俳号、豊玉が話題になってますが、この豊玉って俳号はさ、あっしが冠した、云ってみれば、ご隠居の鬼福亭皆楽と同じ、裏のビジネスネームって事さ、つまりさ、俳句を詠む、時以外にも、天下の御政道からチョイト外れた稼業を営む時の通り名、さ。
 ですが、お三方、あっしもご隠居と同じ工科系インテリだ、骨の髄まで、ポアソンやベルヌーイ、ラプラスにフーリエの微分方程式が滲み込んでいるさ。となると、豊魂って漢字弐語は、つまりは、あっしのミッションを現す四階偏微分方程式の基礎形って事よ。こいつは、天下泰平が続いた幕末の腐敗、堕落した武士道では、言い現せなかった、のさ。

2007年4月29日 (日) 癸械横供ゝ簡…盂С擇千一マラソン開催を語る
 へへ、土方歳三さんに千姫様に一葉さんが混じると、楽しいね。まあ、完成された大人の会話、って、インンテリアスな調べが漂いますね。まあ、わたしゃ、豊玉は地名なのさ、つまり、昔から三多摩地方って云うけど、要は、豊多摩、北多摩、南多摩を合せて三多摩って呼ぶのだが、この豊多摩、とよたま、って云う地方が歳さんには良い処だったのさ。
まあ、豊多摩のどこかに、好い人がいるのさ、それで、豊多摩⇒豊玉を俳号にした、って訳さ。いずれにしても、ほれ、歳の鬼あし、と同じで、土方歳三は、実に、工科系の数理思考の持ち主で、豊玉も鬼あし、も、微分方程式の基礎形だって事、まあ、最近の流行の言葉で云う、ミッションの事さ。だから、積分変数をどう選ぶかで、解が異なるのさ。

2007年4月28日 (土) 癸械横機^賤佞千一マラソン開催を詠う
 そうか、千姫さんは、玉=魂、ね。まあ、あたしは、下谷竜泉寺、つまり吉原遊郭の裏門で荒物屋と駄菓子屋を商ってた、もっとも、店は妹に任せっ切りで、ひたすら、小説の取材に明け暮れていたけど、そんな経験で豊玉を分析すると、玉は遊女、そして、豊は床上手なのよ、つまり、歳さんが遊里の布団の中で、絶頂の時を迎えた状況を俳号にした。
 でもね、これから先、歳さんの俳句を鑑賞するけど、確かに、千姫さんの云う、豊玉=豊+魂って感じの俳句の方が、その数は圧倒的に多いのよね。で、数少ない残りに、豊玉=床上手+遊女、って感じが丸見えの、実に濃密なエロティシズムが、女の壷を心得た、ありゃ俳句じゃなくて艶句って、句があるのよ。まあ、ご隠居は、こっちがお好みよね。

2007年4月27日 (金) 癸械横粥\乕韻千一マラソン開催を謳う
 そうね、巷では下手だって云われている土方歳三の俳句を鑑賞する、ってのは、女冥利に尽きるわね。ただね、わたしは、豊玉って云う俳号が引っかかる、のよね。まあ、当然、読みは、ほうぎょく、なんだけど、この豊と玉は、それぞれが意味深な漢字なのよね。ついさっきまで、大和魂とかが、話題になってたけど、まず、玉は魂って事じゃないの。
 で、豊よね、ご存知のように、私は、豊臣秀頼に嫁し付いてた時があったから、豊って云う漢字には、相当敏感で、豊玉=豊+魂、となると、それこそ、大和魂が満ち溢れる武士、って事なんだけど、どっこい、そうは行かないの。だって、豊臣=豊+臣で、大和の国を豊かにする臣下、って意味だけど、その豊臣家の中味実情は、全く逆だった、ものね。

2007年4月26日 (木) 癸械横魁‥敲歳三は千一マラソン開催を謡う
 あ〜あ、又だよ、千姫様に、一葉様よ、鬼あしのご隠居がインフラなんたら、とか喚き始めたぜ。ま〜まぁ、ご隠居さんよ、阪神大震災とかの噺は、後でじっくり、聞くとして、せっかく、一葉さんて云う女流文学者、歌詠みが、参加されているんだ、各云う、土方歳三も、俳句にゃぁ目がないのさ、自慢じゃないが、豊玉なんて云う俳号まで持ってるさ。
 でさ、あっしの詠んだ俳句を皆さんで、解説解釈してもらう、って趣向はどうですかい。
まあ、世間じゃ、歳三の俳句は猫も避けて通る、下手の横好き、なんて、散々、馬鹿にされてますが、一葉さんに、千姫様、これに、鬼あしのご隠居が、ランニング、市民ランナーって味付けで、肩肘張らずに、気楽に、歳の鬼あし俳句を、ご堪能いただきやしょう。

2007年4月25日 (水) 癸械横押ゝ簡…盂С擇千一マラソン開催を語る
 いやいや、こうして聞くと、松陰って方は、改めて大和魂に基づいた凄い、偉い人だったね。まあ、松陰先生が市民ランナーだった、かどうか、は、あたしゃ、今まで考えた事もないが、基本的に、昔の人は、歩いて行くしか移動手段がないから、市民ランナーって要素は持ってる、って訳さ。ただ、当時は、市民ランナーを集める興行師がいなかった。
 今もそうですぜ、世界中に、市民ランナーは五万といらっしゃるが、ランナーを集めて、走らせよう、って物好きは、そう簡単にゃぁ、世に出没しない。もっとも、走らせるには、道路や公園と云った社会基盤施設、つまり、インフラストラクチャーが整備され、市民ランナーが衣食住足りていないと、噺にならない。あの、阪神大震災の時がそうだったぜ。

2007年4月24日 (火) 癸械横院^賤佞千一マラソン開催を詠う
 確かにそう、男に屁理屈はいらない、当たり前の噺よ。でもさ、最近は全く逆、男がうじうじと屁理屈って、女がスカっとランニングってご時世なのよね。まあ、だらしない男をウダウダ云っても、暖簾に腕押し、ぬかに釘、何の解決にもなりゃしない。ほんと、昔の日本のオトコは、さっぱりして、すがすがしい、まあ、流行の言葉で“凛”としてたわ。
 松陰先生の辞世の噺は、南町奉行所に勤めていた父から、よく聞いたわ、難しい事は分らないけど、打ち首を言い渡され、千住の小塚原で、あの、首切り浅衛門が一刀の下に介錯したの、その時の、松陰先生の覚悟って云うか、死に際のすがすがしさに、浅衛門がたじろいだ、そんな噺が辞世の歌と一緒に江戸中に広まったよ、ね、土方歳三さん。

2007年4月23日 (月) 癸械横亜\乕韻千一マラソン開催を謳う
 へえ、土方歳三さんって、和歌も詠むんだね、まあ、わたしゃ、松陰先生がどんな偉い、お方か存じませんが、「留めおかまし 大和魂」ってフレーズには、敷島の大和の女として、共感を覚えるわね。大坂城内で豊臣に嫁いでいる時はさ、大和魂の“や”の字もない、似非貴族っぽい、変な世界で、あたしゃ、窮屈で悶々とした日々を過ごしていたわよ。
 でさ、大阪城が落ち、救出され、桑名の本多家、忠刻様と再婚よ、この本多家ってのが、大和魂の権化みたいな家中で、武士道の忠孝が日々の行動原理、まあ、分りやすく気持ち良い家風だったわ。でね、大和の男はさ、魂は東の君や守らむ、とか言い出すと、やることは簡単、日々、武術鍛錬とかけっこ、になるのね。ややこしい屁理屈はなしよ。

2007年4月20日 (金) 癸械隠后‥敲歳三は千一マラソン開催を謡う
 知ってるよ、鬼あしのご隠居、あんたが松陰先生と長州藩の志士たちを偲ぶ、東京都心の30kmかけっこ、を開催してる事はさ。うれしいねぇ、いえね、実はあっしも、松陰先生には、一方ならぬお世話になったのさ。あの方が、千住の小塚原で打ち首になった、って事を聞いた日にゃぁ、三日三晩、泣き通し、先生の辞世の詩に、心から感慨したもんさ。
 「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留めおかまし 大和魂」、ご隠居もよくよくご存知だ、まあ、ご隠居はさ、この詩から、東京で武蔵野や富士山麓で大和魂をモチーフに松陰先生シリーズを開催しているが、あっしは、函館戦争に臨む時、我が辞世の参考にしたよ、「よしや身は 蝦夷ヶ島辺に朽ちぬとも 魂は東の君や守らむ」、ってんですよ。

2007年4月19日 (木) 癸械隠検ゝ簡…盂С擇千一マラソン開催を語る
 まあ、あたしが、一葉さんを意識したのは、毎年11月23日、今は勤労感謝の日だけど、戦前は新嘗祭って、云った日に「吉田松陰+高杉晋作=長州!師弟の絆」RUNを開催していてね、昨年のコース途中で、そう、下谷の大関横丁交差点、東京メトロの日比谷線の三ノ輪駅がある処で、一葉記念館が記念祭を開催している案内を見かけたのさ。
 ああ、そうか、この辺りが、一葉さんが駄菓子屋やらを商ってた処か、って思いだした途端よ、一葉さん、って市民ランナーじゃ、なかったかな、って閃いたのさ。まあ、理由とか証拠とか、そんなモノはないよ、あたしの勘さ。まあ、そんなこんなで、一葉さんのその他の中央区にある縁の地、本郷菊坂とか丸山福山町まで足を伸ばした、って訳さ。

2007年4月13日 (金) 癸械隠掘^賤佞千一マラソン開催を詠う
 葉っぱが一枚で一葉、一応の本名は奈津、夏子って云うんだけど、ペンネームは一葉にしたの。まあ、ご隠居の鬼福亭皆楽ほど仰々しくない、ささやかな芸名ね。むかし、インドの達磨大師がさ、なぜか、中国の揚子江を一枚の葦の葉っぱに乗って下った、って聞いてさ、確か、達磨さんには足がなかった、私も貧乏でおあし、要は、お金がないってね。
 そんな、おあしがない一葉に、いきなり、「東京マラソンに出ねえか、あんた、市民ランナーだろ、ちゃんと、知ってるさ」って、訳もなく、踏み込んできて、そりゃぁ、驚いたわよ、この人、なんで、あたしが、かけっこ娘だって事を知ってるのか、って。まあ、蛇の道はヘビ、って云うから、私の小説の擬古文あたりから、かけっこを嗅ぎ付けたようね。

2007年4月12日 (木) 癸械隠供\乕韻千一マラソン開催を謳う
 なのよね、2万5千人の東京マラソン、その千分の一は25人、それで、25人を集めて、表マラソンと違う裏マラソンを走らせよう、って算段でさ、あたしも、聞いた時は、あまりにアホらしくて、この人、馬鹿じゃない、って思ったわよ。でもね、あたしが、豊臣の大阪城にいた頃から、お付の女中たちと一緒にかけっこ、してた事はご存知なのよ。
 でね、もう一人の一葉さんは、どうなの、って尋ねると、大丈夫、伝通院のある岡の麓、辺りから谷中、根津、千駄木界隈を、かけっこ、してる女流作家だって、云うじゃない。まあ、作家と市民ランナーの相性がどうかは、別として、一葉って名前に興味を持ったのよ。葉っぱが千枚の千葉でなく、一枚の一葉でしょ、これは、名前に何かあるな、って。

2007年4月11日 (水) 癸械隠機‥敲歳三は千一マラソン開催を謡う
 なるほど、六本木や表参道を走らない東京マラソンが、東京“表”マラソンで、鬼あしのご隠居が、表マラソンにぶつけるのが、“裏”マラソンってか、なら、東京“裏”マラソンって名前で開催すりゃ良い物を、何でまた、千一マラソン、んん、そうか、分ったぜ、ご隠居、あんたの集客力じゃぁ、どう頑張っても、参加者は20人前後、って訳だよな。
 それで、東京マラソンは2万5千人の参加者、その千分の一が25人って事で、表マラソンの千一の規模で開催する裏マラソンの名前を、東京“千一”マラソン、って訳か。で、これだけじゃ、面白くない、ってんで、千姫様に一葉様を加えて、千一レディースランナーのペアをプロデュースした、で、その閃きの原点が、あっしも絡む伝通院って事だな。

2007年4月10日 (火) 癸械隠粥ゝ簡…盂С擇千一マラソン開催を語る
 まあね、そもそも“千一”マラソンを開催しようか、って発想は、石原都知事の肝いりで開催が決定した東京マラソンさ、その規模はフルマラソンが2万5千人、走るコースはって聞くと、今じゃ、全く魅力のない、カビ臭い、道順で、六本木や赤坂、青山に麻布とかは蚊帳の外、まあ、2万5千人を走らせると、交通規制とかで、随分と制約はあるわさ。
 で、東京マラソンの関連でさ、ご隠居プロデューサーのあっしに、何ができるか、一番簡単なのはマラソン参加するか、これが駄目ならボランティアで参加、って事だが、これじゃぁ、プロデューサーの名が廃る、痩せても枯れても、ランニング観光プロデューサーなら、東京マラソンと同じタイミングで、ここは一発、東京“裏”マラソンをやろう、ってね。

2007年4月9日 (月) 癸械隠魁^賤佞千一マラソン開催を詠う
 まあね、女の情とか性とか、って事になると、文学や小説のお得意分野、って噺なのよ。でね、一葉の場合は、まあ、嫁入り前の乙女、つまり町娘の視線で、黎明期の明治を眺め、あたしは、文の世界で、何をテーマにして、どんなストーリーを読み手に提供するか、読んで頂くか、そりゃあ、散々、悩んだわさ、で、結局は自分じゃ経験のない色恋なのよ。
 ところが、貧乏人の町娘、経験した事は高が知れてる、おまけに、男女の機微、彩とか云う、とことん感極まった世界には全く経験がない、要は未通娘って訳よ。で、5千円札の肖像から想像できないように、好きな事は体を動かす事、特に、かけっこ、は大好きよ。それも、ピュっと駆けるのじゃなく、ジワって駆けるのが、で、東京マラソンって事よ。

2007年4月7日 (土) 癸械隠押\乕韻千一マラソン開催を謳う
 ケロケロ、確かに清少納言と紫式部が、十二単を着て、貴族の殿御と京の嵯峨野辺りをかけっこ、してる?こりゃぁ、漫画の世界だわさ。まま、土方歳三さんは、女から持てても、女の気持ち、女の情、女の性、ってのには、まるっきり関心なし、要は、女の機能にだけ興味を持つ殿方だから、ある面、どうにも我慢がならない、野暮ったさが潜んでる。
 ところが、鬼あしのご隠居は、女にまるで人気なし、持てない野暮天なんだけど、どう云う不思議か、女がさ、自分では絶対に気付かない、女の情と性を見付けだすのよね。あたしの場合も、二人の夫に先立たれ、実家に呼び戻されて、この先、何を楽しみに、女の盛りを過ごすのか、って右往左往の最中、どうだい、東京マラソンを走らないか、なのよ。

2007年4月6日 (金) 癸械隠院‥敲歳三は千一マラソン開催を謡う
 あれまた始まっちまったね、ご隠居の日本史楽屋裏噺が、で、何ですか、今度は、納言ちゃんと式部ちゃんが、若い高貴な貴族と野山をかけっこ、つまり、クロカンですかい。まあ、京の都の周りには、確かにクロカンの適地には事欠かないさ、かく云う、新撰組の副長、土方歳三もさ、隊士の戦闘訓練で洛北辺りを散々、刀槍を担いでクロカンしたさ。
 ただな、平安王朝が華やかな頃、十二単の女御更衣さまが、あまた、さぶらい賜いける中で、一体全体、どんな姿で、男女がペアでクロカンするんですかい。道はダート、是と云った履物もなし、あっしはさ、千姫様に一葉様のお二人でさえ、未だに市民ランナーってウッソー、って思ってるのによ、納言ちゃんと式部ちゃん、となると、全く絵空事だぜ。

2007年4月5日 (木) 癸械隠亜ゝ簡…盂С擇千一マラソン開催を語る
 まま、千姫さんに一葉さん、確かに貴女たち2人は、日本女性の鑑、言い古された言葉だが、大和撫子って、世間じゃ通ってますが、私の勘じゃ、そもそも大和撫子ってパターンはさ、レディースランナーの事ですぜ。考えてもご覧よ、その昔、今ほど楽しいお店も食べ物も催しもない時代、一体全体、若い男女の逢瀬の楽しみは、何だったのか、ってね。
 そりゃ、男女の事だ、あの方も楽しみだが、相当に仲良くなってからの噺さ、あの、平安王朝華やかな時代、清少納言や紫式部って高貴な女性も、若い貴族の男と、最初の逢瀬は、野山をかけっこ、さ。この、かけっこを通じて、お互いの体力も知力も財力も、全部、お見通しになる、って按配さ。まあ、こんな事は、日本史の教科書に書いてないやね。

2007年4月4日 (水) 癸械娃后^賤佞千一マラソン開催を詠う
 千姫様、一葉の場合も似たような噺ですの。いえね、下谷竜泉寺で母と妹の三人暮らし、荒物店の事は妹に任せ、もっぱら、どうしても書きたい吉原遊郭にまつわる色恋沙汰の取材と、上野の図書館通いの明け暮れに、けっこう、東京市中の急な坂をアップダウンの毎日で、たまには、子供の頃に遊んだ伝通院の境内に行こうと、やって来たの。
 でね、境内の釣鐘堂の下で休んでいたら、いきなり、鬼あしのご隠居が目の前に現れてさ、「一葉さんだろ、どうだい、東京マラソンを走ってみねえか!」、だって、でね、マラソンって云われても、最初はさ、何の事かさっぱり分らなかった、このインテリ女性文士の一葉が持つ繊細なナイーブさと、かけっこ、が、どうして、ごっちゃになるのよ、って。

2007年4月3日 (火) 癸械娃検\乕韻千一マラソン開催を謳う
 鬼あしのご隠居が、すべての始まりは小石川、伝通院と云うように、天樹院と号して尼となった身では、法事ぐらいしか、世間と繋がるイベントに参加できないのよ。でね、去年の春に伝通院での、ある法事が終わった後、丁度今頃、桜が満開でさ、境内の桜を眺めていたら、ご隠居が近づいてきて、いきなり、「千姫様、東京マラソンを走らないか」、よ。
 そりゃ、最初は何の事か、まるで合点が行かないわよ。「この人、馬鹿じゃない!」、って思ったさ。で、よくよく聞いているうちにさ、要はかけっこ、これで十里を七時間で辿り着く、それも、花のお江戸の名所を巡りながら、って噺さ。かけっこなら、できる、と云うより、七時間は掛からないわよ、「まあ、四時間ぐらいで辿り着ける」、って答えたわね。

2007年4月2日 (月) 癸械娃掘‥敲歳三は千一マラソン開催を謡う
 さあ、千姫様に一葉様、これで、新しい鬼あし!かけっこ集団が勢揃い、って訳だ。でもね、鬼あしのご隠居、この4人、普通の人から見ると、どう見ても、かけっこ集団じゃないやね。特に、千姫様に一葉様よ、一体全体、貴方たちお二人に市民ランナーの匂い、気配って物を、ご隠居はどうして察知したのか、あっしにはどうしても分らねえや。
 千姫様は、徳川二代将軍、秀忠様のご令嬢、その飛びっきりの、お姫様が、何で又、市民ランナーに、お姫様のお姿とランニング装束が、どうしても結び付かねえし、一葉様に至っては、今の日本銀行券、5千円札のご肖像さ、おまけに、女流作家で歌詠み、書いた作品にゃ、ランニングのラの字もありゃしない、ええ、ご隠居よ、その訳が知りてえやな。