コラム道楽衆:「走談家・藤田の胸算用」 No.675

◎「白牡丹 月夜月夜に 染めてほし、豊玉」、これで鬼アスロン開催か (その2)
〜歳三が行商の石田散薬、その薬の包み紙は小川町で仕入れ〜

 昨年の春、でした。埼玉県の小川町に住むランナーから「八王子駅から高崎駅まで約110kmを走る大会を開催しませんか」、との申し出に応じ、さっそく二人で準備を進め、概略のコースプランを作成し、下見実施が4月29日の祭日でした。八王子駅から飯能、高麗を経て小川町に入り、埼玉伝統工芸会館を訪れました。小川町には「和紙の郷ハーフマラソン」と言う名前の大会があることは、知っていました。

 工芸会館の駐車場の入口には、絣の着物に姉さん被りをした娘さんが紙を梳いている人形が立っています。紙梳きの教室を覘いているうちに、昔の記憶、子供の頃に苦い薬を飲んだ記憶が戻ってきました。あの頃の薬、粉薬は一つ一つが紙に包まれていました。それで、工芸員に尋ねました。「小川の和紙は、薬の包み紙に利用されていませんか?」、その答えはまさしく、「小川の和紙、それも上等の和紙は薬の包み紙として高く売れたよ」、でした。

 これで決まりました。この八王子から小川町を経て高崎までのランニングイベント名は「土方歳三・鬼あしカミの郷・・」に決定です。事前に地図を見ながらのコース設定中に、特に小川町から高崎までの周辺には「カミ=神」が付く地名が多いのです。神泉村、国神、神川町、神流川、両神村・・、おまけに鬼石町まで見つけました。

 歳三は間違いなく、この小川町まで薬箱一杯の石田散薬を担いで行商に来て、これらを高く高く売れる所、どこかは後で分かります、で売り、空箱となったら、和紙問屋か和紙梳き屋で、散薬を包む和紙を仕入れて日野の自宅まで帰ったはずです。その途中、目を付けた女性と逢瀬を重ねたかもしれません。


 <走談家>      藤田 俊英 (05/09/06)





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