コラム道楽衆:「走談家・藤田の胸算用」 No.623

◎石の上にも三年、カウラからシドニーまで330`RUN その3
〜四苦八苦のメインランナー探し、伊豆半島松崎町で鉢合わせ〜
 岡田社長、楽松師匠と私の間で話がまとまりました。カウラ60周年の記念行事として『カウラツーシドニー330`RUN』を敢行する役割は、プロデューサーが岡田社長、プランナー兼ディレクターが私、招待ランナーが楽松師匠と決まりました。楽松師匠には別途、本業の噺家としての出番を現地の実行委員会と交渉して作り出す事となりました。これで、最低限の運営体制が揃いました。

 その後、楽松師匠以外の参加ランナーを募る手立てを尽くしましたが、案の定、国内外からただの一人も参加しません。ただ、この330`RUN以外の60周年カウラツァーは好調に集客を伸ばし、オズプロジェクトとしては予想以上の参加者が集まりました。師匠の噺家としての出番も、日本人墓地で慰霊を前にして30分の一席、その後、ツァー一行のディナー会場で1時間程度の一席と決まっていきました。

 さて、7月になっても330`RUNの伴走車ドライバーとシドニー市内に入ってからの現地人ガイドランナーが決まりません。今回の330`RUNは地図上でコースを決めて、いきなり現地で走り始める「ぶっつけ本番」スタイルのかなり度胸の入る運営を強いられます。おまけに南半球の豪州、夜中は走行中の車を目がけてカンガルーが突っ込んで来るそうです。ランナーの師匠が道に迷うと、どう探し出すかとか、心配の種は尽きません。

 日本語が話せる豪人のランナーを運転させるとか、いろいろな手筈を尽くした後で、シドニーの現地旅行業者に勤める田中秀明さんが伴走車のドライバーと決まりました。シドニー市内のガイドランナーは岡田社長が買って出ましたが、これだけが最後の最後まで心配の種となりました。300`以上走ってきて、最後の20`前後でコースが分からなくなる、それでランナーと伴走車が別れ別れになる、この可能性が強いのです。


 <NPO法人・市民歩走者学会 会長>      藤田 俊英 (04/08/09)





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