コラム道楽衆:「走談家・藤田の胸算用」 No.200

第31回NYシティマラソン、町づくるランニングレポート 第3幕
 NYでの5連泊宿はミッドタウンのド真ん中、ヒルトン&タワーズです。53〜54番ストリート、6番街に面しています。セントラルパークは、まっすぐ北に500mです。受付を済ませて、ヒルトンに到着し、地下1階のとある1室のツァーデスクにて、これからNYでの団体行動に関しての諸注意を受けます。この部屋には、4つの旅行社がマラソンツァーを設置しています。さらに、別な部屋に1つのデスクと合計5つの旅行社が計400人余りの日本人ランナーを引っ張って来ています。

 14階の部屋の相方は、秋田県八竜町の役場で教育委員会に勤める53歳の方でした。5時過ぎに旅程を解いて、さっそくセントラルパークに軽くジョギングです。パーク内のメインロードには、ジョガーの陰が蠢いています。メトロポリタン美術館まで行って、5番街沿いのパーク外周歩道に出ます。なつかしい6角形の蜂の巣状ブロック舗装の脚にキツイ感触が伝わって来ます。実に走りにくい歩道の舗装です。

 今年のNYシティマラソンは第31回目、1970年9月の第1回目から75年の第6回目までは、このセントラルパークを4周するコースで細々と開催されていました。それが、1976年の10月の第7回大会では、現在の5つの地区を巡る観光コースに格上げされました。男子優勝はビル・ロジャース、女子は、あの伝説の美智子ゴーマン、2時間39分11秒でした。

 USA建国200周年と言うタイミングとNY市の都市産業政策の転換が、その背景となっています。ですから、今年の大会は、観光コース誕生25周年と言うことです。そんな事を頭に浮かべながら、6番街を南に向かっていますと、正面のラジオシティ・ミュージックホールのケバいネオンサインのチョイ上に下弦の月が痩身の光を放って輝いていました。腹が減っています。名物のNY市公認の屋台からホットドッグの香りが鼻を突きます。

 < NYマンハッタンを走り屋道楽衆 街づくりランニング商会 藤田 俊英> (00/11/12)




前のページへ戻る