コラム道楽衆:「走談家・藤田の胸算用」 No.164

大江戸天下・町人マラソン創設/家康が江戸シティセールス 終幕
 23日午後の<東京産業振興ビジョン報告討論・大集会>は、都庁の方々にも相当のインパクトを与えたようです。私の発表にも、ご感想が寄せられました。

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ランニング学会の藤田俊英さん、市民参加の東京マラソン。 健康産業・観光産業からのまちおこし。文化造り。関西生まれのエネルギーで、火がつく新しい江戸造り、応援しています。
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 実は、このご感想が正しく家康の<おいでやす!江戸>のキャンペーン・コピーの神髄でした。家康が、当時の天下標準語で語っています。

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<江戸の町割会>の世話役代表、一心太助さん、並びに天下諸氏な方々、町人参加の江戸マラソン。健康と観光の商い繁盛からの町割。諸事遊芸造り。三河習いのエネルギーで、火がつく若々しく愛智な江戸造り、応援しまっせ。
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 2010年、産業振興ビジョンの<花の東京>が満開になった証を世界中に喧伝します。都市観光・集客産業の分野でグローバル・スタンダードな国際シティマラソン、その開催において、東京もNY、パリ、ロンドン・・と言う一流先進都市の仲間入りを果たします。<世界の集客都市の覇王を目指す東京>の国際シティマラソンは女性が走る主役、男どもは裏方のボランティアに徹しましょう。そんなマラソンのゴールは、家康の産業振興政策を後ろ立てた、若手ガングロ化粧に甚平姿の側室たちがココロとカラダを育まれた渋谷川の美都婆麗な機織り村に近い代々木公園ですね。

 400年前、家康が<おいでやす!江戸>のキャンペーン・コピーで、新都な江戸を<天下一の千客万来な交流町場>に町割って、我が江戸の活気と魅力を天下にアピールしました。このコピーはアっと言う間に東海道を駆け登り、美濃に集結しつつあった東西両軍の諸将から騎馬武者は言うに及ばず足軽雑兵に至るまで、その心理を揺さぶります。「家康はんが覇王にならはったら、ええかよう聞けよ、天下町人のための<愛智革命>な町割が誕生するんやて、ほんなら、皆で鞍替えしょうか。そんなもん、三成はんはな〜、泡栄な安土桃山の御代に揺り戻すだけで、何の産業振興ポリシーもおまへんがな」

 慶長5年8月二十六日の四つ時、江戸市中各所に家康の<江戸商売繁盛・家内安全ビジョン>の高札が立ちます。<江戸の町割会>と共催した<江戸商売繁盛・家内安全シンポジウム>の成果が早くも、韻太音登の捕武草紙を通じて江戸町人に情報開示です。<おいでやす!江戸>のキャンペーン・コピーで、新都な江戸を<天下一の千客万来な交流町場>に町割って、「我が江戸の活気と魅力を天下にアピールしたい」との家康のエアロビクスマインドが、江戸市中から天下万民に行き渡ります。

 ビジョンの一部、エアロビクス・アスリーター家康の真骨頂を紹介しましょう。一、江戸をレディース・ファッション・シティとする。そのため、諸大名の奥方と側室を江戸に留め置き、諸事遊芸全般を極め、ココロとカラダを育み、才色兼備たる。
 一、天下あまねく商売繁盛・家内安全となすため、江戸からの五街道整備を急ぐ。市中には品川、内藤新宿、板橋、千住に四宿場と街道の起点たる日本橋を起こす。
 一、日本橋〜品川〜内藤新宿〜板橋〜千住〜日本橋なる一周42キロの往来を駆けるく江戸天下町人マラソン>を未来永劫に支援し、街道を往くココロとカラダを育む。

 <愛智革命>を基本方針とする<町人と創る江戸商売繁盛・家内安全ビジョン/江戸新生!/夢を現実に・・・ゼロからの出発 1600年7月>は江戸幕府の根幹をなす御法度として、末永く江戸町人は元より天下万民からも慕われ続けました。

 <都市観光マラソン/トキメキ歴史商会 走り屋・道楽衆 藤田 俊英> (00/08/24)




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