コラム道楽衆:「走談家・藤田の胸算用」 No.108

スポーツ嫌いの司馬遼太郎さんが、スポーティー家康を見抜く
 司馬遼太郎さんの小説「覇王の家」は徳川家康を主人公にしています。「坂の上の雲」とか「竜馬がいく」とか「国盗り物語」とか「燃えよ剣」・・に比べたら面白くも何ともない、読みにくい作品です。司馬さん自信、家康が好きでなかったんでしょう。私も三十歳の頃買った文庫本の「覇王の家」を十年以上もほったらかしにしていました。

 東京に来て、ふとした弾みで代々木公園を走るようになり、フルマラソンを数回経験した四十代半ばに「覇王の家」を読み出しました。特段の感慨もなかったのですが、小説のストーリーにあまり関係しない司馬さん独特の間合いの中に一ヶ所だけ強烈なインパクトを与える記述がありました。

 「家康は、・・スポーツは健康にいいということをおそらく日本史上で最初に知ったかもしれない人物で、鷹狩りなどもその必要からのものであり・・」と司馬さんは語っています。語られる側の家康よりも、およそスポーツに縁遠い風貌の司馬さんがこう語ったとのに驚きました。主に、乗馬、水練、鷹狩り・・が当時のスポーツでしょうか。それを大多数の人たちは健康にいいと言うよりも、戦に勝つための鍛錬で「侍の乗馬、水練、鷹狩りは仕事だ、商売だ」と思いこんでいたのでしょう。

 そんな戦国時代の常識に反して、「乗馬、水練、鷹狩り・・スポーツは健康にいい」と知ったのがスポーツマン家康でした。じゃあ、家康がこれを知ったのは、何歳頃で、その原因は何なんだ、と興味津々となりました。そうこうしてる内に月間走行距離も延び、マラソンの記録も短縮して行きます。サブスリーと言う目標が目の前にちらついて来ます。そんな頃でした、ランナーズ誌上で、ランニング学会があると言うことを知りました。

 <走り屋・道楽衆 ヘルシーアスリーター家康研究家 藤田 俊英> (00/06/07)




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