コラム道楽衆:「走談家・藤田の胸算用」 No.105

土木学会誌に集客都市、シティマラソン主役はニューヨーカー三百万人
 ゾクっとする都市観光&集客都市の議論沸騰ですね。私は、この日を末永く待ち望んでいました。5万部発刊の土木学会誌に掲載された<私の集客都市>のデビュー作を紹介します。東京シティハーフマラソンとNYシティマラソンと明石海峡大橋開通記念ハーフマラソンを参加した体験から、産業政策的に比較検討しています。相当長いんですが、集客都市の神髄をあぶり出していますので、とくとご覧下さい。Visitor City、集客都市と言うキーワードを、初めて土木学術書に出した先進性が凄いですね。

土木学会誌 98年7月号 「土木再発見」掲載

 Marathon-race & Infrastructure in the Visitor City

 <マラソンの檜舞台になる土木インフラ
       〜日米集客都市レースを走って〜>


   正会員 トレンド・アナリスト 藤田 俊英

開幕、「海峡を走って渡る日が来た」 98.3.28 明石海峡

 「人生の再出発の記念に」「被災地・神戸の飛躍を願って」、長さ世界一の吊り橋、明石海峡大橋を舞台に3月28日午前に始まった第4回世界ベテランズ選手権大会で、出場者らは、口々に走りへの思いを語った。女子35歳以上、男子40歳以上の五歳ごとの年代別に分かれて、ハーフマラソンは19クラス、10`は21クラスに世界17カ国・地域から15,190人が健脚を競った。競技志向の本格派から景色を楽 しみながら走るジョガーまで各者各様、色とりどりのファッションでゴールを目指す。天候は晴れ、気温17度、南の風2b、湿度70%のレースコンディションの下、どの表情にも、海峡をまたぐ新たな橋を渡る喜びに満ち、吹き抜ける春風を感じながら心地よい汗を流していた。
 舞子側橋台のスタートラインを越える。私の目の前に、中央支間1,991m、橋長3,991mの片側3車線一直線走路が緩やかな傾斜を見せる。舗装したてのアスファルトの感触を楽しみながら、4連たすき掛けトラスで繋がれた海面上約300mの高さの主塔を仰ぎ見る。多少見通しの悪い春の青空に向かって、舞い上げられそうなパワーを感じる。
 ハーフマラソンは、大橋を渡りさらに南下する。途中の淡路SA付近は、かすかな春霞模様の舞子明石の遠景に、明るい灰色がかった緑色〈グリーングレー〉の大橋が溶けこんだ絶景が見渡せる。今しも、タグボートに曳かれた紅白ブームを持つクレーン線が橋下を東にゆっくり横切る。
 大橋開通前、人が走る“世界の檜舞台”は幕を閉じた。参加した約一万五千人が、すべてハーフマラソンを完走したとすると、合計走行距離は30万kmとなる。丁度、大橋ケーブルの素線の総延長に等しい。
 国内外のマラソンの檜舞台、時速約12`で走り続ける私の液晶画面に、ビッグスケールの都市インフラが映る。

二幕、「ベラザノ大橋から高層ビル」 96.11.3 NYcity

 家で閉じこもるのが嫌いなニューヨーカーは、歩くのが大好きだ。街自体が陽気な遊び場で劇場、「主役はいつでも私たちさ」、と雰囲気を盛り上げる術を知っている。
 午前10時50分、晴れ渡った秋空に号砲が響く。気温は10度に満たない、世界百数ヵ国からの一万人を含む三万人のランナーが、三箇所のスタート地点からゆっくりと走り出す。すぐにさしかかる長さ3`にも及ぶ壮大なVERRAZANOBRIDGEから、左手のはるかかなたにゴール地点セントラルパークのあるマンハッタン島の高層ビル群が見渡せる。シンプルな門型主塔の上空にヘリが舞い、上部下部デッキとも車線はランナーでギッシリ埋めつくされている。
 ブルックリンを北上して、20`地点を過ぎ、ニュータウン・クリークに架かるPULASKI BRIDGEを渡ってクイーンズに入る。快晴が続く。古色蒼然としたQUEENSBORO BRIDGEの床版の隙間からイーストリバーの川面が覗き、途中で25`を通過する。マンハッタンに着いて北上する一番街、まるでコンサート会場のような乗りの良い拍手と声援がビル街に反響し、重くなり出した脚が止まるのを許さない。
 遠く彼方まで見通せる真っ直ぐな一番街は距離感を曖昧にさせる。ハーレムの街角、ロックバンドが演奏する30`を過ぎてWILLIS AVE. BRIDGEを渡る。ブロンクスの一角を巡り、5番目の橋であるMADIS0N AVE. BRIDGE を越えると再びマンハッタンを南下する。ラストの5`はセントラルパークの中の緩やかなカーブと起伏がゴールへと続く。
 ランナーなら一度は走りたいNYシティ・マラソンは、五つの区を通り、五本の橋を越える。見せ場を知り尽くしランナーを楽しませるために努力を惜しまない主催者のスタッフとボランティア二万三千人が、いたる所で新旧の都会景観を楽しめるコースを整備する。その“晴れの大舞台の千両役者たち”は、世界中から集まった三万人の市民ランナーであり、“観客”は「主役はいつでも私たちよ」のニューヨーカー二百万人である。

三幕、「澄んだ空にタワーが美しく」 97.1.19 東京CITY

 TOKYO CITY HALF MARATHON、毎年参加希望が殺到する。五年連続して申し込み、ようやく参加できた感動を押さえ気味に都庁舎前を一斉に出走する。JRの新宿大ガードを潜り、靖国通りを東に向かって地下鉄市ヶ谷駅が5`の関門、そのまま外堀跡にそって水道橋で右折して白山通りから日比谷通りに出る。和田倉門交差点が10`の関門、日比谷公園を過ぎ、東京タワーの膝元、増上寺前の交差点で大会名物のランナー一時停止が掛かる。都内では、マラソン大会と言っても、一般車両の長時間停止は不可能だ。
 14`の関門で左折、旧海岸通りを南下する。ゴールの大井競馬場までの残り5`、数本の運河に架かる橋の上り下りを楽しむ余裕が出る。競馬場の近くから十重二十重の拍手と声援を全身に浴びて、ゴールに繋がる花道のラストスパートを駆ける。ゴールの感動はNYシティを彷彿させるが、ベラザノ大橋の様な土木構造物は目に入らなかった。

四幕、愛知県に2005年国際博覧会&大阪市は2008年五輪

 2005年日本国際博覧会は、愛知県瀬戸市の丘陵に開催が決定した。「新しい地球創造:自然の叡智」をテーマに掲げ、問題提起型(参加型)の博覧会、来るべき時代への実験場、成果の恒久的継続を構想と位置づけている。
 大阪市が2008年五輪の国内候補地に決定した。「大阪は経済の地盤沈下に対応し脱工業化を標榜し集客都市づくりを推進してきた。第3次産業を伸ばし、人に楽しんでもらえる街づくりを目指している。国際花と緑の博覧会、海遊館、人工島もスポーツパラダイス構想もこの路線上だ。五輪も街づくりの延長線上にある」、と意義づけている。
 欧米先進国では、今までの定住人口の増加を競う都市政策は破綻し、ビジターシティ(集客都市)を目指した都市づくりを競いだした。日本でも、関西新空港が開港し、京阪神の国際集客都市宣言が相次いでいる。今から新国際空港を整備する東海地方でも、工場や産業遺産に光を当てる技術産業観光型の海外集客路線が叫ばれ出している。
 京都市、大阪市そして名古屋市には、国内各地から馳せ参じた市民ランナーが、その都市のど真ん中を楽しく走れるハーフマラソン大会が好評を得ている。また、大阪と名古屋は国際女子マラソンが回を重ねて、すっかり市民の間に定着している。両大会とも数回のコース変更を経て、今では都会のシンボルである大阪城と名古屋城の天守閣や濠端の石垣の景観がお姫様ランナーの目を楽しませる。

五幕、日本の英知は明石海峡大橋、国外の叡智は、98.4.5

 春風の中、世界最長の吊り橋、明石海峡大橋が4月5日開通した。待ちわびた車の列が新しい動脈を通って夕暮れの淡路へ、そして神戸へ走り出した。記念式典で橋本首相の祝辞、「日本の英知の素晴らしさを示すもので感慨深い」が代読された。世界ランクで支間1,991mは、2位のイギリスのハンバー橋の1,410mをはるかに凌駕して、堂々の一位に輝く。アメリカのベラザノ橋は1,298mで4位、サンフランシスコの金門橋は1,280mで5位に控えている。
 ベラザノ橋が35年前の1964年に完成して以来、アメリカは吊り橋の長さを競う檜舞台から姿を消した。国内外に様々な問題が鬱積し、隘路に落ち込んでいた70年代初頭のアメリカ、「せめて一年に一日だけでもいいから。ビジネスの鋳型にはまっているニューヨークという怪物の町に、人の結びつきを張り巡らせ、人と人の温もりを通わせるために」と、フレッド・リボー氏がNYシティ・マラソンを始めた。70年の1回大会の参加者は百二十人余り、その後、NY市の集客都市政策とも相まって、77年に現在の五つの区にまたがるコースに切り替え、今日の隆盛に繋がった。
 金門橋を出走するサンフランシスコ、タワーブリッジを走らせるロンドン、ハーバー・ブリッジを巡らせるシドニー、ライオンゲート・ブリッジで足がすくむバンクーバーと、世界一流の集客都市の42.195`の檜舞台には、人を楽しませる土木インフラの“使う側の技術”の叡智が潜む。

終幕、檜舞台をつくる技術から千両役者を集める技術へ

 先行する欧米ビジターシティは、都会風味を満喫させるシティ・マラソンを持っている。日本の集客宣言都市は、檜舞台を整えたばかり。これから都会にふさわしい脚本、演出家とノセ上手な観客が育って行く。現在の東京とNYのシティ・マラソンを興行成績で比較した。早く追いつき、千両役者が世界中から集まる東京シティを走りたい。

 <走りの千両役者 走り屋・道楽衆 藤田 俊英> (00/05/25)




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