コラム道楽衆:「走談家・藤田の胸算用」 No.054

オレゴン・フッドツーコースト駅伝、祭り装束法被旅心 その1
 98年8月26日、成田空港にオレゴン・フッドツーコースト駅伝メンバー8人が勢揃い。高知県土佐山田から大学受験を控えた娘と母、仙台からの橋梁エンジニア、ドコモな営業レディー、NECなやもめ2人、日本酒マニアなウルトラランナーに東京単身赴任な実年ランナーと8人が、デルタ航空052便にて17時30分に飛び立ちます。全員揃うのは、今回が初めてな出来立ての男女混成チームです。

 ポートランド空港は、拡張工事が真っ最中で、出口に昨年もお世話になったオースチンがお迎えです。彼は、熱心なモルモン教徒で、日本で数年間布教活動の経験を持ちます。夜の新宿の盛り場、酔っぱらい合手に教義を説いていました。おかげで、日本人のオヤジを扱うのは手慣れたもの、昨年散々私が駄々こねても、暖かい対応で、突き放してくれました。

 1ボックスカーに乗り込みます。V型8気筒6Lの排気量が軽々と8人をダウンタウンまで運びます。途中、ポートランドの名物な低床式路面電車と併走します。この電車がバスと共に市街地中心部では無料なんですね。中心部に近づきました。ウィラメット川に架かる古色蒼然な百歳鉄骨橋梁たちが出迎えます。今年もきたぜ!

 宿泊は五つ星なFifth Avenue Suites、そりゃ豪華でした。チェックインの前に、イタリアなお店でランチのスパゲッティを頂きます。オレゴン州はイタリアンが多いのです。結局、米国東海岸に出遅れて移住したヨーロッパ内陸諸国出身のの食い詰め者が、「道はオレゴンへ」を合い言葉に、借金を重ねて幌馬車を仕立てて西を目指しました。でもロッキーを越えるに道はなく、しんどい旅でした。

 <アメリカン・オレゴン駅伝を活きな走り屋・道楽衆 走談家 藤田 俊英> (00/03/16)




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