コラム道楽衆:「走談家・藤田の胸算用」 No.021

春の小川、ボルダークリークは有森さんのお気に入り
 1.31の大阪国際女子マラソン、有森さんは残念なレースでした。スタート前のテレビ画像で、彼女のランパンとランシャツ姿の地味さが調子の悪さを物語っていました。優勝したシモンさんは、ワインレッドのランニング・コスチュームにピンクに染めた髪姿で、沿道からの大阪弁に応えていました。「ほんまに、かわいらしいネーチャンやね」「人形さんみたいな顔してはる」「色が白いやん」「旦那さんいてはるねんて」と、南大阪のおばちゃんらは、走ルーマニアの観察眼をお持ちです。

 97.5.31の土曜日、遠州島田は大井川の左岸河川敷で、マラソンコース着手一周年記念大会が開催されました。03年の静岡国体に合わせ、世界初のランニング専用コースの整備が始まった一年目を記念する変な大会です。コースは完成してませんから、かなりの区間は砂利道を走らされました。有森さんがゲストなんです。アトランタ五輪の翌年ですから、そらもう大変な騒ぎでした。参加した女性ランナーの出走前の化粧の入念さに、女の意地と女の道と女のため息を感じました「有森がなんぼのモンやねん、見た目やったら負けてへんよ」

 建設業界紙の記者の腕章を付けて、取材陣に混じっていました。整備主体の建設省の方々も有森見たさに多数参加されてましたから、なんなく控えテントで有森さんに至近距離で出会えました。地元紙の記者が通り一遍の質問をして、私の出番です。「川のそばを走るのは好きですか」との問いに「・・私の好きなコロラドのボルダーには世界中からランナーが集まります。そこのボルダークリークと言う小川に沿って走るのが好きです・・」とニッコリ答えてくれました。

 有森さんの出で立ちは、白いTシャツに黄色のトレパンにランニングシューズでした。化粧っ気のない素顔、あごをキュッと引いて、私と視線が合いました。変な質問するおっさん記者と思ったんでしょう、その後も質問に答えてくれました。

 大井川の河川敷ランニング専用コースの整備に負けたらあかんと、荒川下流工事事務所が東京ランナーに素敵なプレゼント、98年5月10日は第一回荒川市民マラソンが開催されました。河川敷の中は、うるさい警視庁の管轄外でゆったりとした走りを楽しめます。今年は3.26日に開催、戸田橋上流のスタート地点から七千人が早春の荒川を楽しみます。

 <有森さんにインタビュー・マラソン走談家 藤田 俊英> (00/02/04)




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